ちょと違うんじゃないかと
投稿者: ae1879born 投稿日時: 2002/12/17 23:37 投稿番号: [6255 / 28311]
>被害者と加害者、どちらの立場で?という事ですが、これは被害者家族(知人含む)と容疑者及び家族(同)としたいと思います。
同意。どちらかに偏るんじゃなくてね。
>理由は被害者は主に亡くなった人であり、容疑者=加害者とは確定していないからです。
容疑者でいられるうちはね。
>この場合に限らず、両方を重視しなければならない。そういった意味では、今回の裁判官は被害者家族の感情が全てという異常さを示しました。検察よりも被害者側と言って良い。
容疑者が黙秘をした今回、科学的手段という非常に客観的な手段によってなされたと思うが・・・
>両者を重視した場合、否、社会全体を重視した場合、何が最も大事な事か?それは再発防止ではないだろうか!その意味では、動機の究明がないというのは、歴史に残る不当判決でしょう。
供述がすべてなら魔女裁判も有効になっちゃうでしょう。
今回の事件では砒素の生成時点での混入物が同一という指紋にも近いようなはっきりとした証拠が出たんですが・・・
動機の究明が無いんじゃなくて出来ないんでしょ。
ますみがしゃべらないんだから。
>この判決が正当化されれば、犯行に及ぼうとする人が、何者かに罪を着せようとする場合、人を選ぶ必要がなくなるのです。
容疑者「何故、合った事もない人を殺さなければならないのですか?」
検察官「殺したいから殺したんだろう。動機はいらないんだ!」
となってしまいます。真犯人はのほほんと暮せるのです。
証拠がなきゃ有罪にならんでしょうに。
むしろ科学的調査のほうがそのときの精神状態に左右される供述より正確性は高いと思うが。
>すなわち、この判決は犯罪を助長させるのに最高の判決と言えるでしょう。特に、家族を殺して保険金を得ようという場合、「家族が被害に遭っており、犯人ではあり得ない」という判例がものを言います。
だから一部でしょ。判決理由の。
決め手は砒素の適合だってば。
これは メッセージ 6234 (saitamadaiku さん)への返信です.
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