懐疑論
投稿者: itachi_kozou 投稿日時: 2002/10/11 14:19 投稿番号: [5654 / 28311]
大学での政治思想史の授業で、オルテガの大衆論を読まされたことがある。
“市民”ではなく、“大衆”。
オルテガは著書の中で大衆の衆愚さを根本的に認めている政治を衆愚政治と命名したが、現在の日本は正にそれじゃない?
1つに、マスコミの権力の強大化。
これはもう、日本人は絶対だね。
アドルフ・ヒトラーは、"新聞はピアノのように、叩き方で音色が変わる、大衆を操作するのは容易い”と言ってたのは非常に有名だけど、何ら変わりないねぇ・・・。
特に、我々大阪人は知事に変態を選んだほどの衆愚民。
これも、マスメディアに操られてた側面があることも否定できない。
朝日新聞を初め、腐った左翼マスコミの言うことに疑いを掛けない国民体質は、どうにかならんか。
ただの大衆やで、このままやったら。
マスコミこそが権力だ。
マスコミと戦わないと。
全ての報道に疑いを持たないと。
"我思う故に我あり”
デカルトの懐疑論くらい学校で教えないと、何でも唯物史論の国民は、このまま大衆になるんじゃない?
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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