ホント、面白いですね。
投稿者: exorcist_731 投稿日時: 2002/09/20 11:01 投稿番号: [5393 / 28311]
主として2chからの転載ですけど、
http://academy.2ch.net/korea/kako/1003/10039/1003915373.html
入江徳郎朝日新聞記者
「日本からの帰国者を迎えた北朝鮮は今沸き立っている。
貧しい故に、一家バラバラだったのが、一人の子供が頑張り抜いて家を再興、
よその家で肩身狭く、貧しく暮らしていた兄弟を引き取った喜びだ。」
朝日新聞 1959年12月26日
江幡朝日新聞論説主幹
【円熟味増す北朝鮮指導部】
原則を貫きつつ、国際情勢の変化に敏感に対応するというのは円熟した社会主義国指導者の
特性の一つであろうが、目を見張るばかりの社会主義建設と、金首相の「主体思想」のもとでの全民族的団結と連帯の強さは、この国を訪れる者すべてが驚嘆するところである。
南は北を見ならはざるをえないだろうし、あえて武力南進をする必要はないということだ。
朝日新聞 1972年4月29日+
これに対して、
同じ1972年に北朝鮮を訪れた「ニューヨーク・タイムズ」の記者は次のように述べている。
「ニューヨーク・タイムズ」のハリソン・ソールズベリー記者
北朝鮮全体が兵営化しており、金日成への異常な個人崇拝の閉鎖国家であると
報道した後の質問に答えて、
「私は見たままを報道するだけである。平壌は私の送った平壌からの記事に刺激も受けたし
また怒ってもいた。しかしジャーナリストはそんなことは念頭におく必要はないのである。」
(参考)
http://www.ciponline.org/NationalSecurity/SeligBio.htm
こちらの方の眼も節穴ではなかったようですね。↓
マーク・ゲイン(シカゴ・サンの特派員として来日)
【教祖金日成の朝鮮】
「私はこの家に住んでいる家族は、まことに風変わりな一家に違いないと考えないではいられなかった。
家の中に衣類が全然見られなかったからである。農場とおなじように、この家もまた外国の旅行者が必ず立ち寄って見学する場所になっているようだった。」
「諸君」 1973年1月
マーク・ゲイン(Mark Gayn)
1909年ないし1910年生まれ。シベリアで育ちウラジオストックで教育を受ける
上海を経てアメリカで大学教育を受け上海に舞い戻る。
後の同盟通信の上海支社等を経てシカゴサンの特派員として来日。1981年没。
日本にも、「恐るべき人道上の誤り」を阻止しようとしていた人もいたのですね。↓
関貴星
1960年に「日朝協会使節団」に参加して、北朝鮮の実態を報告して
「もしこの真実に眼を蔽い、従来どおりの北朝鮮礼賛、帰国促進を続けていけば、恐るべき人道上の誤りを犯す恐れがあること。
私はそれを倦まず訴えつづけた。」
関貴星(呉貴星)『楽園の夢破れて』全貌社1962 (復刻版が亜紀書房より出ています)
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著者は元総連幹部。北朝鮮訪問後、帰国者の「様子」に衝撃を受け『楽園の夢破れて』を出版。
これは メッセージ 5391 (islandresortmale さん)への返信です.