難しいことを易しくできるのが教養では
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2002/02/28 08:40 投稿番号: [3133 / 28311]
朝日社説2・28「中教審答申――これでは教養が泣く」
>答申はさらに、全国的な学力調査や教員の勤務評定の工夫なども挙げている。これでは、文科省などが最近打ち出した施策の総集編だ。一つひとつは悪いことではないにしても、果たして「教養教育」と呼べるのだろうか。
▲勤務評定の工夫などに反対したいもどかしさか。
>中教審は新しい時代に求められる教養を「自らが今どのような地点に立っているのかを見極め、今後どのような目標に向かって進むべきかを考え、目標の実現のために主体的に行動していく力」だとした。…
教養は決まった学習の献立をこなせば身につくものではあるまい。
▲朝日・岩波を読みなさいと言えない自信喪失か。
>文部行政は、条件整備はできても「これが教養だ」と示すことは難しい。教養の共通理解が失われた時代であれば、なおさらだ。中教審に諮問するようなテーマだったのだろうか。これでは教養が泣こう。
▲さんざ批判した挙句『「これが教養だ」と示すことは難しい』はないでしょう。教養の前に朝日が泣いているようだ。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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