自宅事業、日教組の気持ちが大事だ
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2002/02/16 18:34 投稿番号: [3026 / 28311]
朝日新聞ならではの思いやりある社説が目にとまりました。
・朝日(2月15日社説)
「自宅授業 子供の気持ちが大事だ」
「いじめがあったり体が余話語りで、学習意欲がありながら家にこもりがちな不登校の子のために、自宅で先生を送って個別事業する。そんな制度が埼玉県志木市の教育委員会が4月から始める。」
「額羞悪機会を積極的に設けることはよいことだ。ただ、この制度には重い課題も多い。学校を拒んでいる子に『学校』を出前する危うさをはらんでいるからだ。なによりも、大事にしなければならないのは、子供の意志である。」
「大人たちはかつて、不登校や子を怠けや病気扱いにし、強引に学校に戻そうとした。それが子供の心をさらに閉ざす結果を招いたことを想起しておきたい。子どもの気持ちを大切に、急がず暖かく待つ。結局それが最善なのだ。」
まず、朝日の教育関連の記事・論説を読む際に事前に考慮しなければならない点があります。それは、朝日の視点は教員、日教組の視点で書かれていると言うことです。日教組と朝日は韓国から「日本の良心勢力」と称賛されるほど、教科書問題では連帯して戦ってきました。また、昨年発覚した東京都教職員組合ぐるみでの不正な残業手当取得にたいしても、読売は非難的論調でしたが、朝日は教職員組合の言い訳をたれ流し、一切非難をしていません。また教員が自主研究時間が実際には教員のさぼりに使われていたため、東京都が廃止の方針を打ち出した際にも、教職員組合の「今後はまじめに研究するから継続を」という希望をたれ流し、非難的な論調は一切ありませんでした。同じことを外務省役人がすると鬼の首を取ったように大騒ぎする朝日ですが、同じ公務員でも日教組、都道府県教職員組合の扱いは別格です。
その教員の視点とは、「建前は崇高な理想を語り、実質は楽して仕事を増やさない」と言うことにつきます。公務員です。同じ給料である以上、いかに楽をするかという点が最大の興味となるのは致し方のないところです。このようなポリシーに沿った教育とは、生徒の自主性の尊重であり、体罰の禁止であり、上から管理されな自主的な管理となるわけです。生徒が自主的に考えてくれれば教師は、教師は自分で教えることを考えなくて済みます。自習時間が増えれば教師は生徒以上にうれしいのです。体罰はやられる方も大変ですが、やる方もエネルギーがいります。手が痛いだけですし、保護者がクレームをつけられたら対応しなければならず、そんなことに時間を取られたくありません。教委の押しつけや主任制、そして上から成績評価などされたらぬるま湯無風の教員生活に波風が立ってしまいます。
このような教員の気持ちになると、朝日の社説がいかにすばらしいものか理解できるでしょう。子供に自分で考えさすのです。わざわざ一軒一軒出向いてまで仕事などしたくありません。考えただけでも、めんどくさい!自分で考えて、家にいたければ、ずっとそうしていればいいのです。困るのはその家の人と本人だけで良いじゃありませんか。教員に迷惑をかけないで欲しいものです。「子供の気持ちを大切に」、この金言ですべての問題を先送りにし、こんな問題は忘れましょう。志木市の動きが全国に広がらないよう、教員の人々は願っているのです。
今日も教員への思いやりを忘れない朝日新聞。朝日新聞を読むと電車の中でハンマーを振り回すような子供ができてしまいますが、その点はご容赦を。
・朝日(2月15日社説)
「自宅授業 子供の気持ちが大事だ」
「いじめがあったり体が余話語りで、学習意欲がありながら家にこもりがちな不登校の子のために、自宅で先生を送って個別事業する。そんな制度が埼玉県志木市の教育委員会が4月から始める。」
「額羞悪機会を積極的に設けることはよいことだ。ただ、この制度には重い課題も多い。学校を拒んでいる子に『学校』を出前する危うさをはらんでいるからだ。なによりも、大事にしなければならないのは、子供の意志である。」
「大人たちはかつて、不登校や子を怠けや病気扱いにし、強引に学校に戻そうとした。それが子供の心をさらに閉ざす結果を招いたことを想起しておきたい。子どもの気持ちを大切に、急がず暖かく待つ。結局それが最善なのだ。」
まず、朝日の教育関連の記事・論説を読む際に事前に考慮しなければならない点があります。それは、朝日の視点は教員、日教組の視点で書かれていると言うことです。日教組と朝日は韓国から「日本の良心勢力」と称賛されるほど、教科書問題では連帯して戦ってきました。また、昨年発覚した東京都教職員組合ぐるみでの不正な残業手当取得にたいしても、読売は非難的論調でしたが、朝日は教職員組合の言い訳をたれ流し、一切非難をしていません。また教員が自主研究時間が実際には教員のさぼりに使われていたため、東京都が廃止の方針を打ち出した際にも、教職員組合の「今後はまじめに研究するから継続を」という希望をたれ流し、非難的な論調は一切ありませんでした。同じことを外務省役人がすると鬼の首を取ったように大騒ぎする朝日ですが、同じ公務員でも日教組、都道府県教職員組合の扱いは別格です。
その教員の視点とは、「建前は崇高な理想を語り、実質は楽して仕事を増やさない」と言うことにつきます。公務員です。同じ給料である以上、いかに楽をするかという点が最大の興味となるのは致し方のないところです。このようなポリシーに沿った教育とは、生徒の自主性の尊重であり、体罰の禁止であり、上から管理されな自主的な管理となるわけです。生徒が自主的に考えてくれれば教師は、教師は自分で教えることを考えなくて済みます。自習時間が増えれば教師は生徒以上にうれしいのです。体罰はやられる方も大変ですが、やる方もエネルギーがいります。手が痛いだけですし、保護者がクレームをつけられたら対応しなければならず、そんなことに時間を取られたくありません。教委の押しつけや主任制、そして上から成績評価などされたらぬるま湯無風の教員生活に波風が立ってしまいます。
このような教員の気持ちになると、朝日の社説がいかにすばらしいものか理解できるでしょう。子供に自分で考えさすのです。わざわざ一軒一軒出向いてまで仕事などしたくありません。考えただけでも、めんどくさい!自分で考えて、家にいたければ、ずっとそうしていればいいのです。困るのはその家の人と本人だけで良いじゃありませんか。教員に迷惑をかけないで欲しいものです。「子供の気持ちを大切に」、この金言ですべての問題を先送りにし、こんな問題は忘れましょう。志木市の動きが全国に広がらないよう、教員の人々は願っているのです。
今日も教員への思いやりを忘れない朝日新聞。朝日新聞を読むと電車の中でハンマーを振り回すような子供ができてしまいますが、その点はご容赦を。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.