朝日の苦手科目:経済、ダイエー再建策
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2002/01/19 22:37 投稿番号: [2702 / 28311]
19日、ダイエー再建についての両紙の社説。朝日新聞の苦手科目の経済関係です。
・読売
[ダイエー]「本業の再生こそ生き残りの道だ」
「再建案はかなりの荒療治だが、日本経済が戦後最大級の危機に直面していることを考えれば、やむを得ぬ選択だ。」
「今回の再建策で、懸念された混乱はひとまず回避されそうだ。しかし、これで問題がすべて解決したわけではない。
残りの債務は、いずれは返済しなければならない。再建策に対する市場の反応も未知数だ。個人株主を含む多くの株主に五割減資をどう納得させるかも課題になる。」
「経営が破綻して株式が紙くずになることを考えれば今回の措置は次善の策かもしれない。だが、肝心なのは、ダイエーが小売業の収益力を回復して株価が再び上昇するようにすることである。」
「流通業界の革新は日進月歩であり、外資の参入なども活発だ。ダイエーは創業時の創意工夫と顧客第一の姿勢を取り戻し、不退転の努力をすべき時だ。」
・朝日
「ダイエー――真の再生につなげよ」
「今回の金融支援・再建案で、ダイエーは「そごう」や「マイカル」のような法的整理は避けられた。借入金があまりにも巨額で、金融機関の経営や景気への影響が大きく思い切った手を打てなかった、という面も否定できない。」
「先行きにはまだ厳しいものがあろうが、本業に回帰することで再生を果たすことは不可能ではないだろう。」
「ダイエーは2月に具体的な計画を発表するとしている。今回の再建策が結果的に問題の先送りになるようなことは許されない。これを機にすべてのうみを出し尽くすことが不可欠だ。」
「金融機関も「助け舟を出した」とひとごとのような顔をされては困る。自らも公的資金を受けており、経営への影響、金融支援に踏みきった根拠などについて、国民に率直に説明する必要がある。」
「創業者の中内氏の「オーナー」としての責任についても、不問とはいくまい。... 退職慰労金を返上するとしているが、銀行や取引先からは私財の提供を求める声が聞かれる。よく話し合い、納得のうえで持ち株を提供してもらうなどの方策も検討されていい。従業員や取引先、多くの消費者が中内氏の判断を見守っている。」
読売社説についてはコメントのしようがありません。当たり前のことを垂れ流し、誰を非難することなく、前向きな結論で締めくくる読売。こんな明快な社説では読者に奥の深さを感じさせることはできません。
朝日にとって経営経済は苦手科目です。政治批判では、読者が感情的に政治家を見下せる、気持ちのいい社説を書けますが、経済ではそうはいきません。今回も奥歯にものが詰まったような記述になっています。「という面も否定できない」、「不可能ではないだろう」、「不問とはいくまい」、「などの方策も検討されていい」といったなんとももどかしい表現に満ちています。これが自民党批判なら、「とういう面がある」、「可能だ」、「問うべきである」、「検討すべきだ」と歯切れよい論調となるでしょう。苦手科目のため自信がなく距離を置きたい、という朝日の遠慮が見て取れる語尾です。
そういったなかでもスケープゴートを求め、社説中で第三者を批判することは忘れてはいません。「金融機関も「助け舟を出した」とひとごとのような顔をされては困る」と金融機関に読者の批判の目を向けています。ところで金融機関は「人ごとのような顔」をしているのでしょうか?これが事実がどうかは関係ありません。朝日新聞読者は「人ごとのような顔」をしている金融機関に対して批判精神を発揮し、正義感を持って金融機関を批判すればよいのです。
また、中内氏に私財拠出を求める結論も、金持ち性悪説的な視点から好ましいものだと思います。読者は自分の金は一文も出したくありませんが、他人が金を出すことには寛容です。「よく話し合い、納得のうえで持ち株を提供してもらうなどの方策も検討されていい」と、朝日忍法「話し合い」によって片づけるように求めています。「話し合い」という前向きで中身のない、問題先送りの言葉によってなんとなく朝日の言い分は正しく見えます。しかし、これは正しいかもしれません。中内氏と銀行なら、朝日の配達員のように話し合いの決着を文化包丁でつけることなく、話し合いができると思われます。
苦手科目の経済社説、歯切れは悪かったですが何となく締めくくることはできました。もちろん誰にでも苦手はあります。ASEANの首相訪問を靖国参拝反対に結びつける朝日、やっぱり朝日は靖国でその真価を発揮して欲しいと思います。
・読売
[ダイエー]「本業の再生こそ生き残りの道だ」
「再建案はかなりの荒療治だが、日本経済が戦後最大級の危機に直面していることを考えれば、やむを得ぬ選択だ。」
「今回の再建策で、懸念された混乱はひとまず回避されそうだ。しかし、これで問題がすべて解決したわけではない。
残りの債務は、いずれは返済しなければならない。再建策に対する市場の反応も未知数だ。個人株主を含む多くの株主に五割減資をどう納得させるかも課題になる。」
「経営が破綻して株式が紙くずになることを考えれば今回の措置は次善の策かもしれない。だが、肝心なのは、ダイエーが小売業の収益力を回復して株価が再び上昇するようにすることである。」
「流通業界の革新は日進月歩であり、外資の参入なども活発だ。ダイエーは創業時の創意工夫と顧客第一の姿勢を取り戻し、不退転の努力をすべき時だ。」
・朝日
「ダイエー――真の再生につなげよ」
「今回の金融支援・再建案で、ダイエーは「そごう」や「マイカル」のような法的整理は避けられた。借入金があまりにも巨額で、金融機関の経営や景気への影響が大きく思い切った手を打てなかった、という面も否定できない。」
「先行きにはまだ厳しいものがあろうが、本業に回帰することで再生を果たすことは不可能ではないだろう。」
「ダイエーは2月に具体的な計画を発表するとしている。今回の再建策が結果的に問題の先送りになるようなことは許されない。これを機にすべてのうみを出し尽くすことが不可欠だ。」
「金融機関も「助け舟を出した」とひとごとのような顔をされては困る。自らも公的資金を受けており、経営への影響、金融支援に踏みきった根拠などについて、国民に率直に説明する必要がある。」
「創業者の中内氏の「オーナー」としての責任についても、不問とはいくまい。... 退職慰労金を返上するとしているが、銀行や取引先からは私財の提供を求める声が聞かれる。よく話し合い、納得のうえで持ち株を提供してもらうなどの方策も検討されていい。従業員や取引先、多くの消費者が中内氏の判断を見守っている。」
読売社説についてはコメントのしようがありません。当たり前のことを垂れ流し、誰を非難することなく、前向きな結論で締めくくる読売。こんな明快な社説では読者に奥の深さを感じさせることはできません。
朝日にとって経営経済は苦手科目です。政治批判では、読者が感情的に政治家を見下せる、気持ちのいい社説を書けますが、経済ではそうはいきません。今回も奥歯にものが詰まったような記述になっています。「という面も否定できない」、「不可能ではないだろう」、「不問とはいくまい」、「などの方策も検討されていい」といったなんとももどかしい表現に満ちています。これが自民党批判なら、「とういう面がある」、「可能だ」、「問うべきである」、「検討すべきだ」と歯切れよい論調となるでしょう。苦手科目のため自信がなく距離を置きたい、という朝日の遠慮が見て取れる語尾です。
そういったなかでもスケープゴートを求め、社説中で第三者を批判することは忘れてはいません。「金融機関も「助け舟を出した」とひとごとのような顔をされては困る」と金融機関に読者の批判の目を向けています。ところで金融機関は「人ごとのような顔」をしているのでしょうか?これが事実がどうかは関係ありません。朝日新聞読者は「人ごとのような顔」をしている金融機関に対して批判精神を発揮し、正義感を持って金融機関を批判すればよいのです。
また、中内氏に私財拠出を求める結論も、金持ち性悪説的な視点から好ましいものだと思います。読者は自分の金は一文も出したくありませんが、他人が金を出すことには寛容です。「よく話し合い、納得のうえで持ち株を提供してもらうなどの方策も検討されていい」と、朝日忍法「話し合い」によって片づけるように求めています。「話し合い」という前向きで中身のない、問題先送りの言葉によってなんとなく朝日の言い分は正しく見えます。しかし、これは正しいかもしれません。中内氏と銀行なら、朝日の配達員のように話し合いの決着を文化包丁でつけることなく、話し合いができると思われます。
苦手科目の経済社説、歯切れは悪かったですが何となく締めくくることはできました。もちろん誰にでも苦手はあります。ASEANの首相訪問を靖国参拝反対に結びつける朝日、やっぱり朝日は靖国でその真価を発揮して欲しいと思います。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.