ド忘れにも程がある
投稿者: donchan5656 投稿日時: 2006/12/18 08:35 投稿番号: [23437 / 28311]
>時の外相重光葵(まもる)にとっては、11年ぶりの大舞台だった。
>
1956年12月18日、米ニューヨークの国際連合本部。77カ国の全会一致によって日本の加盟が承認された。
>首相の靖国神社参拝もあって中国、韓国の支援を失う一方、複雑な地域内対立を抱え込むG4案では、初めから成功はおぼつかなかったのではないか。
あの〜
重光葵ってA級戦犯なんですけど・・・・
1948年に禁固7年の判決を受けた人物が1956年に外相となって国連で演説し
拍手喝采を浴び
同じく1948年に絞首刑の判決を受けた人々をまつる神社への参拝が中韓への支援を失う
ねえねえ
バカ日さん
ここんとこどーなってんの?
>11年前の45年9月、重光は東京湾に浮かぶ戦艦ミズーリ号で、首席全権として連合軍への降伏文書に調印した。壇上の重光の胸中に、この間の日本の苦渋に満ちた歩みが去来したに違いない。
首席全権ならどー考えても戦争責任者だわな
これは メッセージ 23436 (sagam_2001 さん)への返信です.
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