改めて「ジャーナリスト宣言」について
投稿者: uchuubanabreeze 投稿日時: 2006/08/10 01:06 投稿番号: [22175 / 28311]
このアサ日の「ジャーナリスト宣言」を耳にした頃は、
「えっ、今まではジャーナリストではなかったの?」と、それだけ
だったのだが・・・・
TVで「言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たち
は信じている、言葉のチカラを。」
のコマーシャルを聞いたときは、気持ちが悪く胸がムカムカしてきた。
●
確かに「アサ日の言葉は感情的で、(日本国やその文化・伝統・
尊厳などを貶める、平気で国益を損ね他国を利するなど)残酷」だ。
しかし、この宣言は、「今までジャーナリスト精神を欠いていた」
ということに他ならず・・・「今まで、言論の自由の上にアグラを
かいて、その自由を乱用し、奢っていた。一大権力になっていると
いう自覚の無さ」を反省する・・・ということから出してきたので
はなかったのか!
・・・ならば、「私たちは感情的になったり、残酷なことを言った
りするけど・・・本当は無力なんです」などと言うのは、
・・・言い訳というより、「全く反省していない、否、開き直り」
だ!ごまかしだ。
まったく卑劣だ!
国民をバカにしきっている!
「自らが大権力者」という自覚が無いどころか「無力」に見せかけ
ようとする・・・!
大欺瞞だ!
そしておいて、
「でも私たちは信じている、言葉のチカラを。」ときた・・・・
オイッ、マテヨッ!
「その言葉のチカラの乱用を、言葉の暴力」
を、反省すべし・・・ということではなかったのか!
●「でも私たちは信じている、言葉の(乱用と暴力の)チカラを。」
・・・としか
聞こえないじゃあないか!
たまんないね!
日本国民をコケにしてんの?!
「まるで悪代官の開き直り、そのものじゃあねえか!」
吐き気がしてきた・・・!
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