田中外相、辞任要求
投稿者: rykutukgi 投稿日時: 2001/11/03 01:07 投稿番号: [2205 / 28311]
田中外相についての社説です。
・読売(11月1日、社説)
「日本外交 機能回復には外相更迭しかない」
「任命権者として、小泉首相は、田中外相を更迭すべきだ。」
「相も変わらず非常識な言動を重ねていることに、あきれるほかない。」
・朝日(11月2日、社説)
「田中外相 そろそろ限界です」
「米国テロ発生後、主要国の外相は、中東諸国などを舞台に活発な外交を展開した。しかし、田中氏は官僚から勧められたパキスタン訪問を拒否し、動かなかった。
田中氏は時にエネルギーがほとばしる人物だ。それをなぜ外交に向けようとしないのか。記者会見で外務省幹部をののしったり、国会審議で答弁に窮し、若い秘書官をどなったりする姿ばかり見せられたのでは、余りにも情けない。
外相が切り結ぶ相手は、部下の外務官僚ではなく、他国の外相らだ。自慢すべきは、何時間しか眠らなかったとか、何人と会ったとかではなく、外交の成果である。」
「田中氏が仕事ぶりを改めないなら、首相は更迭を考えるしかあるまい。」
読売はきつい口調であおり立てるような論調をしています。タイトルもストレートに「更迭」です。読売は田中外相の就任時点から未経験を問題視し、早い段階から外相批判を行っていました。田中外相の辞任、更迭を社説で求めたのは今回で2回目です。そのほか記事でも詳細に田中外相がいかに無能であるかをこと細かく掲載していました。今回も社説で田中外相をいじめまくっています、、、でも、こんなことでいいのでしょうか。論説委員は小さい頃に、お父さんから「女の子をいじめたらだめだぞ」と教わらなかったのでしょうか。
朝日は違います。田中外相が女性であると言うことを配慮し、中共様に対するのと同じかそれ以上に細かい気を使った文章となっています。「そろそろ限界です」、やさしく諭すこの表現なら、女性を追い込んだイメージを読者に与えなくて済みます。また、読売が使っている「あきれるほかない」といった見下げる表現、「更迭すべきだ」といったきつい表現も使っていません。森首相だったら「何の進歩もない」と見下げても、田中外相の時は感情的に追い込む言葉をあえて避けていると言えます。また、「田中氏が仕事ぶりを改めないなら、更迭を考えるしかあるまい」と更迭はやりたくないが仕方がないとする対応も、読売とは違った、奥ゆかしさを感じます。
5月11日の社説のようにファーストネームで「真紀子さん」という呼びかけはしていませんが、田中氏個人の性格や対応についての意見は「田中氏」、外相としての職務については「田中外相」というふうに呼び方を分けています。外相としての職務をしなかったら「外相」と認めないで「田中氏」といった具合です。読売はすべて「田中外相」です。職務と個人とを分けて考えるこの使い分けには、人に対する理解の深さと親しみを感じさせます。しかし、考えようによってはこの使い分けは、田中外相を「外相」扱いさえしていないと言う意味で読売以上に冷徹なものでもあります。
女性に対する論調はやはり読売は朝日に劣ります。読売の筆者は女性を理解できないのでしょうか?読売も朝日のように痴漢、覗き、下半身露出サービスを女性にして、もっと女性を理解し、女性に優しい社説を書いてほしいと思います。
・読売(11月1日、社説)
「日本外交 機能回復には外相更迭しかない」
「任命権者として、小泉首相は、田中外相を更迭すべきだ。」
「相も変わらず非常識な言動を重ねていることに、あきれるほかない。」
・朝日(11月2日、社説)
「田中外相 そろそろ限界です」
「米国テロ発生後、主要国の外相は、中東諸国などを舞台に活発な外交を展開した。しかし、田中氏は官僚から勧められたパキスタン訪問を拒否し、動かなかった。
田中氏は時にエネルギーがほとばしる人物だ。それをなぜ外交に向けようとしないのか。記者会見で外務省幹部をののしったり、国会審議で答弁に窮し、若い秘書官をどなったりする姿ばかり見せられたのでは、余りにも情けない。
外相が切り結ぶ相手は、部下の外務官僚ではなく、他国の外相らだ。自慢すべきは、何時間しか眠らなかったとか、何人と会ったとかではなく、外交の成果である。」
「田中氏が仕事ぶりを改めないなら、首相は更迭を考えるしかあるまい。」
読売はきつい口調であおり立てるような論調をしています。タイトルもストレートに「更迭」です。読売は田中外相の就任時点から未経験を問題視し、早い段階から外相批判を行っていました。田中外相の辞任、更迭を社説で求めたのは今回で2回目です。そのほか記事でも詳細に田中外相がいかに無能であるかをこと細かく掲載していました。今回も社説で田中外相をいじめまくっています、、、でも、こんなことでいいのでしょうか。論説委員は小さい頃に、お父さんから「女の子をいじめたらだめだぞ」と教わらなかったのでしょうか。
朝日は違います。田中外相が女性であると言うことを配慮し、中共様に対するのと同じかそれ以上に細かい気を使った文章となっています。「そろそろ限界です」、やさしく諭すこの表現なら、女性を追い込んだイメージを読者に与えなくて済みます。また、読売が使っている「あきれるほかない」といった見下げる表現、「更迭すべきだ」といったきつい表現も使っていません。森首相だったら「何の進歩もない」と見下げても、田中外相の時は感情的に追い込む言葉をあえて避けていると言えます。また、「田中氏が仕事ぶりを改めないなら、更迭を考えるしかあるまい」と更迭はやりたくないが仕方がないとする対応も、読売とは違った、奥ゆかしさを感じます。
5月11日の社説のようにファーストネームで「真紀子さん」という呼びかけはしていませんが、田中氏個人の性格や対応についての意見は「田中氏」、外相としての職務については「田中外相」というふうに呼び方を分けています。外相としての職務をしなかったら「外相」と認めないで「田中氏」といった具合です。読売はすべて「田中外相」です。職務と個人とを分けて考えるこの使い分けには、人に対する理解の深さと親しみを感じさせます。しかし、考えようによってはこの使い分けは、田中外相を「外相」扱いさえしていないと言う意味で読売以上に冷徹なものでもあります。
女性に対する論調はやはり読売は朝日に劣ります。読売の筆者は女性を理解できないのでしょうか?読売も朝日のように痴漢、覗き、下半身露出サービスを女性にして、もっと女性を理解し、女性に優しい社説を書いてほしいと思います。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.