東トルキスタン 1
投稿者: kyurokuhachi 投稿日時: 2005/10/15 11:02 投稿番号: [20276 / 28311]
北京時間午前10時に爆撃機は核実験場の上空に達した。パイロットがスタートボタンを押した瞬間、核爆弾の取り付けられた落下傘がゆっくりと落ちていった。任務を済ませたパイロットは無線で総司令部に報告しながら方向転換し、基地に戻ろうと急いだ。爆撃機がこの危険な戦場を離れたとたん、鼓膜を破らんばかりの爆発音が聞こえ、爆撃機は激しく揺れ、大陸も激しく振動した。巨大な火柱が立ち上り、みるみる大きくなり、地上と空を占領し、高さ11キロのキノコ雲を形成した。
部隊はキノコ雲こそ合図だと教えられていた。この雲を見た5万人の演習部隊は命令に従って戦場へ急いだ。
戦場は「敵側の基地だ」と教えられていたので演習部隊は戦場を“占領”した。今回の核実験中、陸軍部隊の兵士らは通常の制服を着ていたのみで、放射能防護装備などは全くしていなかった。かくして、彼らのほとんどはまもなく死亡した。
このように中国の解放軍を実験台とした核実験も行なわれている。
地上核実験では、放射性物質を含んだほこりが、巨大な津波のように押し寄せ、地上と空を覆い尽くした。タクラマカン砂漠、タリム盆地を起点に、天山を乗り越え、東トルキスタンの土地へ広がった。東トルキスタンのタリム盆地を始め、トルファン盆地、天山の北側のジュンガル盆地、パミル高原まで砂埃と煙が広がり、2週間経ってもおさまらないほどだった。
1964(昭和39年)〜1996年(平成8年)まで東トルキスタンのタクラマカン砂漠の東南に位置するロップヌル(Lopnur)地区で47回も行なわれた核実験で、東トルキスタン、チベット、中央アジアのカザフスタン、キルギスタンの生態環境が無惨に汚染された。
東トルキスタンの土地、空気、水、植物、動物、鳥、森、乳幼児を含む国民にどれほど災難を与えたのか国連、世界各国は知る由もない。
もちろん、私たちは私たちの土地を奪った中国人を許すことはできない。しかし、それでも核実験で真実を知らされず、放射能対策の装備さえ与えられることもなく、中毒で苦しみながら死んでいった兵士たちには同情を禁じ得ない部分もある。
自らに忠誠を尽くしてきた兵士でさえ、虫けらのように殺す中国共産党とその人民解放軍が、私たちをどのように弾圧しているかは、日本のみなさまにもご理解いただけるはずだ。
中国ファッショ政権は核実験を1999年(平成11年)9月まで実施していた。そのうち1980年(昭和55年)までの実験は、すべて地上で行なわれたのである。
ウイグル太郎
東トルキスタン情報センター
2005年10月11日
これは メッセージ 20275 (kyurokuhachi さん)への返信です.
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