西村真吾2
投稿者: kyurokuhachi 投稿日時: 2005/03/22 12:26 投稿番号: [16965 / 28311]
例えば、我が国の、詩歌が好きだという人が、和歌の一首も覚えていなかったとしたら、彼のいう「詩歌が好きだ」ということを信じられるだろうか。それと同じだ。我が国を愛するということは、我が国の歴史を自らの物語として記憶しているということなのだ。
よって、歴史を記憶しているということは、
現在の世界政治に対処しうる要件になると共に、
もっと重要で深刻な課題である、
共同体を担う「国民を生み出す」という教育にとっても不可欠なのだ。
二十世紀に起こった世界史の大転換は、白人支配からの諸民族の独立である。
その切っ掛けは日露戦争に我が国が勝利したことである。
それから、四十年後、日露戦争によってエリート層に浸透した民族独立の気概は、庶民にまで至って民衆が武器を取って独立のために戦うことになる。
これが、大東亜戦争の中で起こった。
従って、二十世紀は諸民族の自立の世紀となった。
インドネシアやミャンマー(ビルマ)という私の訪問した国々の首脳は、皆このような認識をもっていて、
「我々が独立できたのは日本が戦ったからだ」
と私に話してくれた。
以上の歴史認識を持っているかいないか。
これが、現在の我が国外交戦略を如何に構築するかという課題に対して、重大な影響を与えることは自明のことである。
しかし、現在の我が国政治は、この認識を持っていない。
従って、中国やロシアの持ち出す「外交の道具」としての歴史認識に反論できない。
だから、外交は、ODAしかばらまく能がなく、ばらまいた金も生きてこないのだ。
日本政府が、ASEANとフィンランド・ポーランドなどの東ヨーロッパ諸国や中近東とアフリカと中南米の学者や政治家を招いて、
「二十世紀の幕開けと日露戦争の歴史的意義」と題するシンポジュームを開催すればどれだけ意義深いか。
しかし、外務省は、日露修好百五十年は祝うつもりらしいが、
日露戦争百年の行事はなにも予定していない。
次に、全く話題が飛ぶが、昨夕私が開催した「委員長招待」のことについて。
これは、国会の各委員会で年に一回、委員長が招待するかたちで、委員会に所属している国会議員、内閣の担当大臣、行政分野の担当官などが集まって食事を共にするという慣行のことである。
私の経験では、この委員長招待は非常に有意義である。
日本人同士は、平素いかに論争していようとも、年に一度くらいは、立場の違う者が一堂に会して杯を上げ食事をすることの意義を知っている。それが、国会における慣行となっているのが「委員長招待」だ。
歴史を辿っても、時に連歌や花見や月見に、敵味方が共に興じることもみられるのが、我が国だ。戦国期の茶の湯の始まりもここにあるのだろう。現在の国会における委員長招待の慣行も、この歴史と無縁ではない。
ましてをや、私が委員長を務める衆議院災害対策特別委員会は、与野党の対決委員会ではなく、災害が起これば、国会、内閣行政が、共に力を合わせて被害者救助と復旧に取り組むという委員会なのだ。
現に昨年は、ともに防災服を着て、河川氾濫の泥の中や地震で割れた道路に立った仲である。
従って、昨夕、三月十日の陸軍記念日の日に委員長招待の小宴を開いた次第である。
交通の途絶えた災害現場には、自衛隊のヘリコプターなどの航空機や艦船でしかアクセスできない。我々も、彼らのヘリで河川氾濫現場まで運んでもらった。その彼らも、陸・海・空の制服で出席してくれた。
有意義な小宴であった。
なお、民主党は、委員長招待をおよそ「虚礼」として開催中止を呼びかけていたが、
衆議院災害対策特別委員会においては、全く「虚礼」ではなかったことを付言しておく。
よって、歴史を記憶しているということは、
現在の世界政治に対処しうる要件になると共に、
もっと重要で深刻な課題である、
共同体を担う「国民を生み出す」という教育にとっても不可欠なのだ。
二十世紀に起こった世界史の大転換は、白人支配からの諸民族の独立である。
その切っ掛けは日露戦争に我が国が勝利したことである。
それから、四十年後、日露戦争によってエリート層に浸透した民族独立の気概は、庶民にまで至って民衆が武器を取って独立のために戦うことになる。
これが、大東亜戦争の中で起こった。
従って、二十世紀は諸民族の自立の世紀となった。
インドネシアやミャンマー(ビルマ)という私の訪問した国々の首脳は、皆このような認識をもっていて、
「我々が独立できたのは日本が戦ったからだ」
と私に話してくれた。
以上の歴史認識を持っているかいないか。
これが、現在の我が国外交戦略を如何に構築するかという課題に対して、重大な影響を与えることは自明のことである。
しかし、現在の我が国政治は、この認識を持っていない。
従って、中国やロシアの持ち出す「外交の道具」としての歴史認識に反論できない。
だから、外交は、ODAしかばらまく能がなく、ばらまいた金も生きてこないのだ。
日本政府が、ASEANとフィンランド・ポーランドなどの東ヨーロッパ諸国や中近東とアフリカと中南米の学者や政治家を招いて、
「二十世紀の幕開けと日露戦争の歴史的意義」と題するシンポジュームを開催すればどれだけ意義深いか。
しかし、外務省は、日露修好百五十年は祝うつもりらしいが、
日露戦争百年の行事はなにも予定していない。
次に、全く話題が飛ぶが、昨夕私が開催した「委員長招待」のことについて。
これは、国会の各委員会で年に一回、委員長が招待するかたちで、委員会に所属している国会議員、内閣の担当大臣、行政分野の担当官などが集まって食事を共にするという慣行のことである。
私の経験では、この委員長招待は非常に有意義である。
日本人同士は、平素いかに論争していようとも、年に一度くらいは、立場の違う者が一堂に会して杯を上げ食事をすることの意義を知っている。それが、国会における慣行となっているのが「委員長招待」だ。
歴史を辿っても、時に連歌や花見や月見に、敵味方が共に興じることもみられるのが、我が国だ。戦国期の茶の湯の始まりもここにあるのだろう。現在の国会における委員長招待の慣行も、この歴史と無縁ではない。
ましてをや、私が委員長を務める衆議院災害対策特別委員会は、与野党の対決委員会ではなく、災害が起これば、国会、内閣行政が、共に力を合わせて被害者救助と復旧に取り組むという委員会なのだ。
現に昨年は、ともに防災服を着て、河川氾濫の泥の中や地震で割れた道路に立った仲である。
従って、昨夕、三月十日の陸軍記念日の日に委員長招待の小宴を開いた次第である。
交通の途絶えた災害現場には、自衛隊のヘリコプターなどの航空機や艦船でしかアクセスできない。我々も、彼らのヘリで河川氾濫現場まで運んでもらった。その彼らも、陸・海・空の制服で出席してくれた。
有意義な小宴であった。
なお、民主党は、委員長招待をおよそ「虚礼」として開催中止を呼びかけていたが、
衆議院災害対策特別委員会においては、全く「虚礼」ではなかったことを付言しておく。
これは メッセージ 16964 (kyurokuhachi さん)への返信です.