◎ 朝日新聞の歪曲・捏造、不祥事
投稿者: gwhrmrokf 投稿日時: 2005/01/31 09:28 投稿番号: [16120 / 28311]
1999.04.20
朝日新聞編集委員で「ニュースステーション」の5代目コメンテーター菅沼栄一郎(43)が番組を降板。週刊文春が「私と菅沼栄一郎・愛欲8年」との記事で、現民主党代議士の元秘書との不倫関係を暴露したため。「相手の女性の髪の毛をわしづかみにして首をねじまげ、自分の性器を無理に見せた」、「相手の女性に卑猥な言葉をいうことを強要した」、また、「バナナを買ってきて相手の女性の意志に反しむりやり女性器入れてから菅沼氏がそれを食べた」と、交際相手が「おもちゃ扱いされている」と感じる仕打ちを行う。
1997.11.18 大阪府河内長野市の空き地の乗用車から、夫婦が絞殺体で見つかった事件で、朝日新聞大阪本社の社会部記者が、被害者の経営する工場のシャッターから「臨時休業」などと書かれた張り紙を無断ではがし、持ち帰った。工場周辺を取材していた記者が張り紙を見つけ、記者は張り紙をはがした上、そのまま持ち帰り、事件を担当している別の記者に渡す。
1995.12.21 横領の罪に問われ公判中だった神戸市兵庫区の古美術商がフィリピンで事故死を偽装したとされる疑惑を取材していた朝日新聞神戸支局の記者が、フィリピン・マニラの出入国管理局に身柄拘束されている古美術商と面会した際、現地の日本大使館の職員と同じ姓の偽名、「マエダ」と名乗って面会。「記者が自分の名前を使い拘置所にはいったのは事実らしいが、中に入って看守から再び名前を聞かれた際に、新聞記者では会ってくれないと思い、とっさに大使館職員の「まえだ」の名前を口にしたようだ。偽名を使ったのは、あまり好ましくない」と朝日新聞社は他人事のように弁明。
1995.03.31 東京都知事選に立候補していた石原信雄前官房副長官に、栃木県庁幹部や市町村がせんべつを贈り、その後、石原氏側が返還を申し出た問題で、朝日新聞が29日の栃木面に記事とともに掲載した「御餞別栃木県一同」と書かれた祝儀袋の写真が、同社宇都宮支局による自作だったことが判明。県の抗議に対し同支局は「パロディーで掲載した」と開き直っていたが朝日新聞は31日におわび記事掲載。
1994.02.19 朝日新聞社会部記者山川幸生容疑者(30)を強要の疑いで逮捕、身柄送検。伝言ダイヤルで知り合った都内の女子中学生(14)を自宅に誘い、いかがわしい行為をして、その場面を無理やりビデオ撮影した疑い。山川容疑者宅を捜索したところ、ビデオを発見。調べに対し、ビデオを撮影したことについては認めているものの、「強要はしていない」と話す。
1993.11.15 「鳥取の上淀廃寺 法隆寺と同時期創建?」との記事を大きく掲載。郷土史家が発見した瓦を米子支局の朝日新聞記者が自分が発見したかのように演技。町教委の関係者と現場に行き、自分がこの瓦を初めて見つけたことにして、瓦を確認させる。また、記事正当化のために引用された山本清・島根大学名誉教授の談話も趣旨歪曲。「自分の思い込みで質問して、こちらの言い分に耳を貸さなかった。談話の趣旨は、私の話と全くかけ離れている」と話す。
1989.05.15 朝日新聞のカメラマンが、沖縄・八重山群島西表島のサンゴ礁を傷つけてカラー写真を撮影し、4月20日付夕刊に「サンゴ汚したのはだれ」と告発する記事を掲載していたことが明らかになる。記事では「これは一体なんのつもりだろう」と書き出し、「サンゴは、水中ナイフの傷やら、空気ボンベがぶつかった跡やらで、もはや満身傷だらけ」と心ない行為を告発。朝日新聞社は「元々あった落書きに、撮影効果を上げるためにカメラマンが手を加えた」と説明、しかし地元ダイバーの指摘を受け、19日夜、落書きはもともとあったとするこれまでの主張を翻し、無傷のサンゴにカメラマンが「KY」の文字を刻みつけて撮影したことを認める。
1981.02.16 大手建設会社トップが集まる懇談会「経友会」の会場、東京・千代田のホテル・ニューオータニ十六階「雲居の間」に、朝日新聞記者が、盗聴機を設置。FM発信式でFMラジオで受信できる仕組みのもので、テーブルの裏にセロハンテープで貼り付けられていた。朝日新聞社は、記者が盗聴を認めた後も、「不信な男が朝日新聞社会部の記者だと名乗っているため調べている」、という他人事のような記事を掲載し、悪あがき。
1950.09.27 「宝塚山中に伊藤律氏−本社記者が会見」、行方不明の共産党幹部とのインタビューを一面に掲載。29日に記事を書いた長岡宏記者(30)は「伊藤律氏との会見記事は、私の仕組んだ全くの狂言でした」と弁明。思い出したくないほど情けないねつ造だったため、記事はその後の縮刷版からも削除される。
1997.11.18 大阪府河内長野市の空き地の乗用車から、夫婦が絞殺体で見つかった事件で、朝日新聞大阪本社の社会部記者が、被害者の経営する工場のシャッターから「臨時休業」などと書かれた張り紙を無断ではがし、持ち帰った。工場周辺を取材していた記者が張り紙を見つけ、記者は張り紙をはがした上、そのまま持ち帰り、事件を担当している別の記者に渡す。
1995.12.21 横領の罪に問われ公判中だった神戸市兵庫区の古美術商がフィリピンで事故死を偽装したとされる疑惑を取材していた朝日新聞神戸支局の記者が、フィリピン・マニラの出入国管理局に身柄拘束されている古美術商と面会した際、現地の日本大使館の職員と同じ姓の偽名、「マエダ」と名乗って面会。「記者が自分の名前を使い拘置所にはいったのは事実らしいが、中に入って看守から再び名前を聞かれた際に、新聞記者では会ってくれないと思い、とっさに大使館職員の「まえだ」の名前を口にしたようだ。偽名を使ったのは、あまり好ましくない」と朝日新聞社は他人事のように弁明。
1995.03.31 東京都知事選に立候補していた石原信雄前官房副長官に、栃木県庁幹部や市町村がせんべつを贈り、その後、石原氏側が返還を申し出た問題で、朝日新聞が29日の栃木面に記事とともに掲載した「御餞別栃木県一同」と書かれた祝儀袋の写真が、同社宇都宮支局による自作だったことが判明。県の抗議に対し同支局は「パロディーで掲載した」と開き直っていたが朝日新聞は31日におわび記事掲載。
1994.02.19 朝日新聞社会部記者山川幸生容疑者(30)を強要の疑いで逮捕、身柄送検。伝言ダイヤルで知り合った都内の女子中学生(14)を自宅に誘い、いかがわしい行為をして、その場面を無理やりビデオ撮影した疑い。山川容疑者宅を捜索したところ、ビデオを発見。調べに対し、ビデオを撮影したことについては認めているものの、「強要はしていない」と話す。
1993.11.15 「鳥取の上淀廃寺 法隆寺と同時期創建?」との記事を大きく掲載。郷土史家が発見した瓦を米子支局の朝日新聞記者が自分が発見したかのように演技。町教委の関係者と現場に行き、自分がこの瓦を初めて見つけたことにして、瓦を確認させる。また、記事正当化のために引用された山本清・島根大学名誉教授の談話も趣旨歪曲。「自分の思い込みで質問して、こちらの言い分に耳を貸さなかった。談話の趣旨は、私の話と全くかけ離れている」と話す。
1989.05.15 朝日新聞のカメラマンが、沖縄・八重山群島西表島のサンゴ礁を傷つけてカラー写真を撮影し、4月20日付夕刊に「サンゴ汚したのはだれ」と告発する記事を掲載していたことが明らかになる。記事では「これは一体なんのつもりだろう」と書き出し、「サンゴは、水中ナイフの傷やら、空気ボンベがぶつかった跡やらで、もはや満身傷だらけ」と心ない行為を告発。朝日新聞社は「元々あった落書きに、撮影効果を上げるためにカメラマンが手を加えた」と説明、しかし地元ダイバーの指摘を受け、19日夜、落書きはもともとあったとするこれまでの主張を翻し、無傷のサンゴにカメラマンが「KY」の文字を刻みつけて撮影したことを認める。
1981.02.16 大手建設会社トップが集まる懇談会「経友会」の会場、東京・千代田のホテル・ニューオータニ十六階「雲居の間」に、朝日新聞記者が、盗聴機を設置。FM発信式でFMラジオで受信できる仕組みのもので、テーブルの裏にセロハンテープで貼り付けられていた。朝日新聞社は、記者が盗聴を認めた後も、「不信な男が朝日新聞社会部の記者だと名乗っているため調べている」、という他人事のような記事を掲載し、悪あがき。
1950.09.27 「宝塚山中に伊藤律氏−本社記者が会見」、行方不明の共産党幹部とのインタビューを一面に掲載。29日に記事を書いた長岡宏記者(30)は「伊藤律氏との会見記事は、私の仕組んだ全くの狂言でした」と弁明。思い出したくないほど情けないねつ造だったため、記事はその後の縮刷版からも削除される。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.