中国の厳命スルーの朝日
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2004/08/05 07:38 投稿番号: [13790 / 28311]
社説1
中国の「反日」――たかがサッカー、されど
http://www.asahi.com/paper/editorial20040805.html
>そうであれば、スタンドの「反日」をいたずらに過大視することは賢明ではない。むしろ考えるべきは、なぜ日本が標的として使われやすいかだ。歴史の和解に魔法のつえはないが、歴史のとげを抜くことは今日の政治家の責任である。
▲こらえきれずに斜説に登場。だからといって、そのまんま>>中国外務省孔局長は同時に「日本のメディアが一部の人の行為を大げさに報じ、政治問題化させているのは遺憾だ」とも述べた。<< のスルー版。
http://www.asahi.com/international/update/0805/002.html
▲音量が絞られ、カメラの方向が限定され、珍妙な解説を聞かされてもTV映像はそれなりに正直。日本のメディアにはテレ朝も含まれているのだが。
>中国はもはや、若者の気持ちを共産党が力で押さえ込める国ではないし、そうした変化は歓迎すべきだろう。
▲慎太郎の文脈中の発言許さぬ朝日なら、これは暴徒歓迎。超”偏狭なナショナリズム”、超”偏向教育”の宗主さまに朝日は得意の用語を封印。
▲"歴史は正視、スタンドは斜視"しろと厳命されても。スタンドを正視した新聞論調↓
[アジアカップ]「“愛国”教育が生んだ反日民族主義」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040804ig90.htm
>こうした偏狭なナショナリズムは、中国政府自身が育てたものだ。 「反日シンドローム」――。こう形容したくなる程、中国で反日感情が高まったのは、一九九〇年代半ば以降のことである。とりわけ戦後五十年の節目となった九五年、江沢民政権は、「愛国団結」を訴える「抗日戦勝キャンペーン」を大展開した。
>新聞、テレビは、旧日本軍の侵略、残虐行為を検証する報道であふれ、その後、「反日」は愛国教育の基調となる。アジアカップのスタンドを埋めたサポーターの大半は、この「愛国世代」の若者たちだ。彼らにとって反日は、「自明の理」という感覚になってしまった。
>共産党独裁政権の正統性と求心力を維持するため、江沢民指導部は、「愛国教育」を通じて日本に対する民族的反感を増幅させた。中国の若者の間で、反日が不満のはけ口になりがちなのは、体制批判が許されない中国国内の問題の反映でもあるだろう。
【主張】サッカーアジア杯 五輪開催の資格あるのか
http://www.sankei.co.jp/news/040805/morning/editoria.htm
>このような事態になった背景は複雑だ。反日愛国主義教育の影響や、経済成長に伴う大国意識の広がりに加え、大卒者でも就職難という現実社会への不満が若年層に強く、日本がそのはけ口になっているとの指摘もある。自国チームへの応援は大いに結構だ。ただ相手チームの選手やサポーターに不安や不快感を抱かせるようでは開催国として失格だ。中国人サポーターの行動と当局の無為無策は、四年後の北京五輪開催資格へ疑問の声を呼ぶ。日中戦での改善を期待する。
http://www.asahi.com/paper/editorial20040805.html
>そうであれば、スタンドの「反日」をいたずらに過大視することは賢明ではない。むしろ考えるべきは、なぜ日本が標的として使われやすいかだ。歴史の和解に魔法のつえはないが、歴史のとげを抜くことは今日の政治家の責任である。
▲こらえきれずに斜説に登場。だからといって、そのまんま>>中国外務省孔局長は同時に「日本のメディアが一部の人の行為を大げさに報じ、政治問題化させているのは遺憾だ」とも述べた。<< のスルー版。
http://www.asahi.com/international/update/0805/002.html
▲音量が絞られ、カメラの方向が限定され、珍妙な解説を聞かされてもTV映像はそれなりに正直。日本のメディアにはテレ朝も含まれているのだが。
>中国はもはや、若者の気持ちを共産党が力で押さえ込める国ではないし、そうした変化は歓迎すべきだろう。
▲慎太郎の文脈中の発言許さぬ朝日なら、これは暴徒歓迎。超”偏狭なナショナリズム”、超”偏向教育”の宗主さまに朝日は得意の用語を封印。
▲"歴史は正視、スタンドは斜視"しろと厳命されても。スタンドを正視した新聞論調↓
[アジアカップ]「“愛国”教育が生んだ反日民族主義」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040804ig90.htm
>こうした偏狭なナショナリズムは、中国政府自身が育てたものだ。 「反日シンドローム」――。こう形容したくなる程、中国で反日感情が高まったのは、一九九〇年代半ば以降のことである。とりわけ戦後五十年の節目となった九五年、江沢民政権は、「愛国団結」を訴える「抗日戦勝キャンペーン」を大展開した。
>新聞、テレビは、旧日本軍の侵略、残虐行為を検証する報道であふれ、その後、「反日」は愛国教育の基調となる。アジアカップのスタンドを埋めたサポーターの大半は、この「愛国世代」の若者たちだ。彼らにとって反日は、「自明の理」という感覚になってしまった。
>共産党独裁政権の正統性と求心力を維持するため、江沢民指導部は、「愛国教育」を通じて日本に対する民族的反感を増幅させた。中国の若者の間で、反日が不満のはけ口になりがちなのは、体制批判が許されない中国国内の問題の反映でもあるだろう。
【主張】サッカーアジア杯 五輪開催の資格あるのか
http://www.sankei.co.jp/news/040805/morning/editoria.htm
>このような事態になった背景は複雑だ。反日愛国主義教育の影響や、経済成長に伴う大国意識の広がりに加え、大卒者でも就職難という現実社会への不満が若年層に強く、日本がそのはけ口になっているとの指摘もある。自国チームへの応援は大いに結構だ。ただ相手チームの選手やサポーターに不安や不快感を抱かせるようでは開催国として失格だ。中国人サポーターの行動と当局の無為無策は、四年後の北京五輪開催資格へ疑問の声を呼ぶ。日中戦での改善を期待する。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.