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国葬への朝日の弔辞

投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2004/06/13 08:50 投稿番号: [13187 / 28311]
天声人語
http://www.asahi.com/paper/column20040613.html
(全文引用開始)

「よく私が父の部屋に入っていくと、父は読んでいたメモから目を上げて、いったいこの子は誰なのだろうという顔をしたものだ」。レーガン元米大統領の娘パティ・デイビスさんが幼いころの思い出を『わが娘を愛せなかった大統領へ』(KKベストセラーズ)でつづっている。

母のナンシー夫人は薬物依存で、娘を「虐待」していた。父は「虐待」などあるはずがないと言いはり、子どもたちには無関心だった。娘時代のパティさんが見たレーガン家の風景は暗かった。

  とはいえ、俳優・政治家の家庭である。客が来ると「突然わが家は幸せな家庭に早変わりし、来客は観客となってそのショーを見物するのだ」。パティさんは両親に反抗を続けた。大統領になったレーガン氏がソ連を非難し、軍備増強を唱えるのに反発、反核運動をした。麻薬にもおぼれた。

  90年代、レーガン氏のアルツハイマーが進行するとともに、パティさんは両親との「和解」を進めた。11日夕、カリフォルニア州に戻った父の棺(ひつぎ)を前に、パティさんは心優しい別れの言葉を述べた。自分が飼っていた金魚が死んで埋葬するとき、父が小枝で十字架をつくってくれた思い出を語りながら。

  ナンシー夫人が「永遠の楽観主義者」(タイム誌)だったと語るレーガン氏には、パティさんとは違う家族像が映っていたのだろう。家族で撮った昔の写真を見て「崩壊家庭ではなかった。皆愛し合っている」というのが口癖だった。

一見どこにでもありそうな、しかし、特別な運命を背負わされた一家の別れの儀式だった。

(引用終了)

▲報道の自由ではあるが、夫人の薬物依存・虐待、娘の麻薬、崩壊家庭を国葬にぶつける朝日。
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