二人連れ
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2004/03/28 17:13 投稿番号: [12609 / 28311]
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そのなかで、ひとりのユダヤ人が
「歩みよりは必要な事はわかっているが、少なくとも私たちイスラエルの民は、子供の乗ったバスに爆弾を仕掛けるようなことはしない」と激昂していた。
>
>アラブ圏のなかに米英の後ろ盾を得て大昔の居住権をかざして割り込み、自分達がゲットーで味わった辛酸を忘れ、パレスチナ人を自治区へ閉じ込めたユダヤ人の仕打ちは、「爆弾テロ」よりはるかに悪質と思うが。
▲yatiyochan さん、それが本音ですか(呆)。
法治国家のイスラエルを否定し、放置国家のパレスチナをアサピーと共に支援する貴殿の考えにはガッカリしましたね。
アサピーどのご指定のURLを読んでから書き込みたまえ。
◇「イスラエルのヤシン師暗殺とガザ地区、西岸からの撤退案」
http://www.foreignaffairsj.co.jp/source/ME/METodays.htm
『ヤセル・アラファト率いるパレスチナ当局は、「西岸、ガザ、東エルサレムに独立したパレスチナ国家をつくること」が自分たちの政治目標だと語っている。一方、ハマスやイスラム聖戦のような過激派組織は、イスラエルを完全に崩壊させ、ヨルダン川から地中海へといたるパレスチナ国家を建設することを目的にしている。』
▲そうそう、きっとユダヤ人がパレスチナ人を追い出したんでしょうよ(嘲笑)
http://www.us-israel.org/jsource/History/Invade.html
第一次中東戦争(1948年)の延長線上に今なおあるというのに、いつからゾンビちゃんの友達になったんだい(笑)?
◇Arab League: Fifty-nine years on(アラブの勇・アルジャジーラより)
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/0EB58F65-A6D3-4D3E-889F-9B15F172DF7D.htm
// -- -
On 22 March 1945 representatives from Egypt, Syria, Iraq, Lebanon, Transjordan (now Jordan), Saudi Arabia and Yemen signed the Arab League accord in Cairo.
The league was established to promote economic development, settle disputes between Arab countries, and coordinate political aims.
Over the years 15 other Arab countries joined the league, the last one was the Comoros in 1993, increasing the number of member states to the present 22.
Upon the establishment of Israel in 1948, armies of the seven founding states joined forces to try to expel Israelis from the land on which they had declared their state. The Israelis won the war. The league's first notable achievement came in 1950, with the signing of the Arab mutual defence treaty.
1948年、イスラエル建国に際し、創立にかかわった7ヶ国が、イスラエルを追い出すために戦った。 イスラエル側が勝利した。・・・・
-- -//
◇イスラエル大使館HPより
http://tokyo.mfa.gov.il/mfm/web/main/document.asp?DocumentID=49398&MissionID=43
// -- -
パレスチナ難民の問題は、50年以上にわたり、中東の社会・人道上の難題となっています。その直接的な原因は、1947年の国連総会決議181(パレスチナ分割案)をアラブ側が拒否し、その結果戦争となり、イスラエルの独立へと続いたことです。戦場となった地域に住んでいた多くのパレスチナ・アラブ人が、アラブ側指導者らの要請に応じて、あるいは戦闘への恐怖やユダヤ人政権下での暮しへの恐れから、家を捨てて出てゆきました。もしアラブ諸国や当地のアラブ人住民らがこの戦争をイスラエルに強いなかったなら・難民間題は生まれていなかったでしょう。
ヨルダン以外のアラブ諸国は、難民間題を対イスラエル闘争の武器とすべく、その永続化を図りました。難民は貧困と絶望の中、密集したキャンプでの暮しに留め置かれました。難民らを周辺諸国の社会に統合しようとの努力は、全くなされていません。今日も尚多数の難民が、政治的、経済的、社会的権利の無いまま、多くのアラブ諸国に残されています。
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「歩みよりは必要な事はわかっているが、少なくとも私たちイスラエルの民は、子供の乗ったバスに爆弾を仕掛けるようなことはしない」と激昂していた。
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>アラブ圏のなかに米英の後ろ盾を得て大昔の居住権をかざして割り込み、自分達がゲットーで味わった辛酸を忘れ、パレスチナ人を自治区へ閉じ込めたユダヤ人の仕打ちは、「爆弾テロ」よりはるかに悪質と思うが。
▲yatiyochan さん、それが本音ですか(呆)。
法治国家のイスラエルを否定し、放置国家のパレスチナをアサピーと共に支援する貴殿の考えにはガッカリしましたね。
アサピーどのご指定のURLを読んでから書き込みたまえ。
◇「イスラエルのヤシン師暗殺とガザ地区、西岸からの撤退案」
http://www.foreignaffairsj.co.jp/source/ME/METodays.htm
『ヤセル・アラファト率いるパレスチナ当局は、「西岸、ガザ、東エルサレムに独立したパレスチナ国家をつくること」が自分たちの政治目標だと語っている。一方、ハマスやイスラム聖戦のような過激派組織は、イスラエルを完全に崩壊させ、ヨルダン川から地中海へといたるパレスチナ国家を建設することを目的にしている。』
▲そうそう、きっとユダヤ人がパレスチナ人を追い出したんでしょうよ(嘲笑)
http://www.us-israel.org/jsource/History/Invade.html
第一次中東戦争(1948年)の延長線上に今なおあるというのに、いつからゾンビちゃんの友達になったんだい(笑)?
◇Arab League: Fifty-nine years on(アラブの勇・アルジャジーラより)
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/0EB58F65-A6D3-4D3E-889F-9B15F172DF7D.htm
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On 22 March 1945 representatives from Egypt, Syria, Iraq, Lebanon, Transjordan (now Jordan), Saudi Arabia and Yemen signed the Arab League accord in Cairo.
The league was established to promote economic development, settle disputes between Arab countries, and coordinate political aims.
Over the years 15 other Arab countries joined the league, the last one was the Comoros in 1993, increasing the number of member states to the present 22.
Upon the establishment of Israel in 1948, armies of the seven founding states joined forces to try to expel Israelis from the land on which they had declared their state. The Israelis won the war. The league's first notable achievement came in 1950, with the signing of the Arab mutual defence treaty.
1948年、イスラエル建国に際し、創立にかかわった7ヶ国が、イスラエルを追い出すために戦った。 イスラエル側が勝利した。・・・・
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◇イスラエル大使館HPより
http://tokyo.mfa.gov.il/mfm/web/main/document.asp?DocumentID=49398&MissionID=43
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パレスチナ難民の問題は、50年以上にわたり、中東の社会・人道上の難題となっています。その直接的な原因は、1947年の国連総会決議181(パレスチナ分割案)をアラブ側が拒否し、その結果戦争となり、イスラエルの独立へと続いたことです。戦場となった地域に住んでいた多くのパレスチナ・アラブ人が、アラブ側指導者らの要請に応じて、あるいは戦闘への恐怖やユダヤ人政権下での暮しへの恐れから、家を捨てて出てゆきました。もしアラブ諸国や当地のアラブ人住民らがこの戦争をイスラエルに強いなかったなら・難民間題は生まれていなかったでしょう。
ヨルダン以外のアラブ諸国は、難民間題を対イスラエル闘争の武器とすべく、その永続化を図りました。難民は貧困と絶望の中、密集したキャンプでの暮しに留め置かれました。難民らを周辺諸国の社会に統合しようとの努力は、全くなされていません。今日も尚多数の難民が、政治的、経済的、社会的権利の無いまま、多くのアラブ諸国に残されています。
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これは メッセージ 12608 (yatiyochan さん)への返信です.