「私たち」の注釈評論家
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/12/19 13:48 投稿番号: [11824 / 28311]
船橋洋一コラム
「名誉ある地位」を考える
http://www.asahi.com/column/funabashi/ja/TKY200312180249.html
自衛隊派遣反対の論説も結構だが、その内容↓
>…実はマッカーサー司令部が作成した憲法原案(第1稿)では9条の「戦争放棄」の部分は前文に含まれていた。それが第2稿では前文から切り離され、現行憲法にあるように第2章として独立した。憲法学者の高見勝利氏(国立国会図書館専門調査員・北海道大学名誉教授)は「戦争を放棄した前文から憲法9条が抜けていった過程を、勉強し直さないと」としながらも、その背景を次のように推測する。
▲まるで儒教の注釈、訓詁学の高見センセイも現在のテロに満ち溢れた国際情勢を「勉強し直さないと」。
>「マッカーサーはそれ(9条)を目立たせたかったのだろう。当時は天皇制の廃止問題もあったから、(国際的に)象徴天皇制を受け入れやすくするには戦争放棄をより明確に打ち出す必要があった。ただ、天皇の地位と役割は明治憲法との連関性で憲法の最初、第1章に持ってきたい。それで9条はそのすぐ後の第2章としたのだろう」
▲センセイの注釈(ただし推測)でその時点での優先順位で9条が第2章に来たようだ。
>そうだとすると、前文の精神とは9条と直接響き合う「不戦の誓い」にこそ眼目があったということになる。首相は9条は食わず嫌いでハシもつけず、おいしい前文の方だけをつまみ食いしたつもりかも知れないが、そもそもは前文も9条も同じ良薬を含んでいたということではないのか。
▲当時の都合による編集を『 「不戦の誓い」にこそ眼目』とは推測の推測で恣意的な注釈。 「不戦の誓い」がもともと前文にあり「同じ良薬」というなら国際協調と少なくとも等価。「不戦の誓い」だけをつまみ食いする「私たち」。
>もっとも、この偏食傾向は首相に限ったことではない。湾岸戦争の後、自民党の「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」(会長・小沢一郎元幹事長)は、憲法前文の精神を「消極的平和主義や一国平和主義とは全く異なる積極的、能動的な平和主義の精神である」とたたえ、「こうした行動に参加せず、専制を黙認しようとすることは、決して日本に名誉ある地位をもたらすものではない」とする報告書を出した。「普通の国」論は憲法前文を理念的根拠としたのである。
▲注釈するなら小沢一郎は現民主党党首代行。管に教えてあげて。
>国際社会の中で「名誉ある地位」を占めたいと思う気概は大切だ。だが、それを物欲しげに示すべきではあるまい。そもそも「名誉」とは自ら求めて得るものではないだろう。それはこちらが他に与える何物かに対して人から、社会から、世界から、おのずとお返しされるものなのではないか。
▲「物欲しげに示すべきではあるまい」のネット並罵倒が注釈の国際通。
>ところで、憲法前文の「われらは……国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のくだり。第1稿では主語は「日本(Japan)」だったが、第2稿で「日本国民(Japanese)」、つまり「われら」に変わった、と高見氏に教わった。
▲まだやっている古文書の注釈。「日本国民(Japanese)」と「私たち」はどう違う?
>国民一人一人が世界に役立つこんな素晴らしい日本にしたいと思い描く理念と実現に向けて参画する志こそ「名誉ある地位」の土台なのである。国民の確かな支持を得ずに、「名誉ある地位」を占めることはない。
▲いつもながらの超一般論的注釈で煙にまいてチョン。
▲ジョージ・ソロスに金をもらって、北核は金正日の指示で中断できず、売春で無期懲役のハチャメチャ中国に日本の国運まかせろとの注釈をばら撒いて大丈夫ですか?船洋センセイ↓
「北核告発」に乗り出した日本朝日新聞の船橋洋一氏
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/12/04/20031204000037.html
>また「北朝鮮の核開発計画は金日成(キム・イルソン)主席時代から進められてきたため、金正日(キム・ジョンイル)総書記個人の指示で中断できるものではない。中国が積極的に仲裁に乗り出さなければ解決しない」と主張した。
http://www.asahi.com/column/funabashi/ja/TKY200312180249.html
自衛隊派遣反対の論説も結構だが、その内容↓
>…実はマッカーサー司令部が作成した憲法原案(第1稿)では9条の「戦争放棄」の部分は前文に含まれていた。それが第2稿では前文から切り離され、現行憲法にあるように第2章として独立した。憲法学者の高見勝利氏(国立国会図書館専門調査員・北海道大学名誉教授)は「戦争を放棄した前文から憲法9条が抜けていった過程を、勉強し直さないと」としながらも、その背景を次のように推測する。
▲まるで儒教の注釈、訓詁学の高見センセイも現在のテロに満ち溢れた国際情勢を「勉強し直さないと」。
>「マッカーサーはそれ(9条)を目立たせたかったのだろう。当時は天皇制の廃止問題もあったから、(国際的に)象徴天皇制を受け入れやすくするには戦争放棄をより明確に打ち出す必要があった。ただ、天皇の地位と役割は明治憲法との連関性で憲法の最初、第1章に持ってきたい。それで9条はそのすぐ後の第2章としたのだろう」
▲センセイの注釈(ただし推測)でその時点での優先順位で9条が第2章に来たようだ。
>そうだとすると、前文の精神とは9条と直接響き合う「不戦の誓い」にこそ眼目があったということになる。首相は9条は食わず嫌いでハシもつけず、おいしい前文の方だけをつまみ食いしたつもりかも知れないが、そもそもは前文も9条も同じ良薬を含んでいたということではないのか。
▲当時の都合による編集を『 「不戦の誓い」にこそ眼目』とは推測の推測で恣意的な注釈。 「不戦の誓い」がもともと前文にあり「同じ良薬」というなら国際協調と少なくとも等価。「不戦の誓い」だけをつまみ食いする「私たち」。
>もっとも、この偏食傾向は首相に限ったことではない。湾岸戦争の後、自民党の「国際社会における日本の役割に関する特別調査会」(会長・小沢一郎元幹事長)は、憲法前文の精神を「消極的平和主義や一国平和主義とは全く異なる積極的、能動的な平和主義の精神である」とたたえ、「こうした行動に参加せず、専制を黙認しようとすることは、決して日本に名誉ある地位をもたらすものではない」とする報告書を出した。「普通の国」論は憲法前文を理念的根拠としたのである。
▲注釈するなら小沢一郎は現民主党党首代行。管に教えてあげて。
>国際社会の中で「名誉ある地位」を占めたいと思う気概は大切だ。だが、それを物欲しげに示すべきではあるまい。そもそも「名誉」とは自ら求めて得るものではないだろう。それはこちらが他に与える何物かに対して人から、社会から、世界から、おのずとお返しされるものなのではないか。
▲「物欲しげに示すべきではあるまい」のネット並罵倒が注釈の国際通。
>ところで、憲法前文の「われらは……国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」のくだり。第1稿では主語は「日本(Japan)」だったが、第2稿で「日本国民(Japanese)」、つまり「われら」に変わった、と高見氏に教わった。
▲まだやっている古文書の注釈。「日本国民(Japanese)」と「私たち」はどう違う?
>国民一人一人が世界に役立つこんな素晴らしい日本にしたいと思い描く理念と実現に向けて参画する志こそ「名誉ある地位」の土台なのである。国民の確かな支持を得ずに、「名誉ある地位」を占めることはない。
▲いつもながらの超一般論的注釈で煙にまいてチョン。
▲ジョージ・ソロスに金をもらって、北核は金正日の指示で中断できず、売春で無期懲役のハチャメチャ中国に日本の国運まかせろとの注釈をばら撒いて大丈夫ですか?船洋センセイ↓
「北核告発」に乗り出した日本朝日新聞の船橋洋一氏
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/12/04/20031204000037.html
>また「北朝鮮の核開発計画は金日成(キム・イルソン)主席時代から進められてきたため、金正日(キム・ジョンイル)総書記個人の指示で中断できるものではない。中国が積極的に仲裁に乗り出さなければ解決しない」と主張した。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.