迷走しながらいつもの反米・親中調
投稿者: sagam_2001 投稿日時: 2003/08/15 08:28 投稿番号: [11139 / 28311]
社説「58回目の8・15――新たな戦争の時代に」
http://www.asahi.com/paper/editorial20030815.html>世界も日本も騒然としたなかで、58回目の終戦の日がめぐってきた…。しかし、今、北朝鮮は日本を射程に収めるミサイルを配備し、核兵器の開発を進める。まさに現実的な脅威である.…。世界が変わり、日本の安全をめぐる新しい事態が起きたのだから、政策がこれまでのままでいいかどうかを考え、論じ合うのは大切なことだ。けれども、目先の脅威や米国の要請にとらわれて大局を見失えば、右往左往が続くばかりだろう。
▲核武装論を居酒屋論議と矮小化から一転して「論じ合うのは大切なこと」に右往左往。
>こんなとき、日本はどこによって立ったらいいのか。大きな足がかりは、やはり私たちの体験とその記憶にある。北朝鮮の核開発を放っておくことはできない。だが、それが戦争という手段によって解決されるなら、どれほどの惨禍が生まれるかを、日本人は半世紀余り前の体験から想像することができる。
▲だから抑止力としての軍備必要論になるように思うが…。
>戦争の惨禍は、誰よりも北朝鮮に対して伝えなければならない。
▲能天気なセリフ。核被爆者もいるしその後の全土戦場の朝鮮動乱で惨禍は日本以上に先刻ご承知(参戦した宗主さまもご承知)。
>日米同盟の役割は重要だが、それだけで解決しない問題はたくさんある。北朝鮮問題でようやく6者協議が開催されるところまできた。北朝鮮を交渉の場に引き出したのは中国の交渉力だった。中国には中国なりの利害打算があるにせよ、中国との関係を日頃から培っておくことの大事さを示した出来事である。
▲6者協議の成果はこれから。中国ヨイショは時期早尚。
>そのアジア諸国との間で、いまなお靖国神社への首相らの参拝問題がわだかまりとして残る。靖国神社には今日も、戦没者の遺族やその家族が集うだろう。戦争で死んだ肉親を思い、悼むのは、どこの国でもごく自然なことだ。しかし、最近そこを訪れた欧州の在京大使は「ここでは戦争が終わっていない」と語った。戦争には当然相手があった。その相手との和解が靖国神社には感じられないという趣旨だった。過去の戦争を思う気持ちは、内向きになりがちだ。でも、こういう時代だからこそ、それを外に向けて表したい。
▲「靖国に家族が集うのは自然」ならそれでピリオド。首相にも遡れば戦没者の親族ぐらいはいるだろうに。宗主さま一辺倒を避けムリヤリ欧州の在京大使引用で反靖国を世界の世論化。
これは メッセージ 1 (gesogeso1032 さん)への返信です.
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