南進論そのものは古いよ
投稿者: zombie_ppss 投稿日時: 2003/06/30 09:28 投稿番号: [10260 / 28311]
尾崎の動きは1939年以降の軍部の策動とシンクロしてはいるけど、アドヴァイザー以上の役割じゃないだろう。
「南進論」。これは明治以降、日本の国家的対外進出を南方地域に求めた政策です。ここで言う「南方」とは、台湾・東南アジアから、ポリネシア・ミクロネシア・メラネシアと言った「大南洋」を指しています。
日本の南進政策
年次 進出地域
1879.4 琉球併合(沖縄県設置)
1894.8 日清戦争
〜1895.3
1895.6 台湾(戦時賠償として、清国より割譲)
1896.9 中国沿海部(浙江・福建両省
租界の設置)
1914.3 対独宣戦布告(第一次世界大戦に参戦)
1914.10 南洋群島(ドイツ領
後に、国際連盟より統治を委任)
1940.9 北ベトナム・ラオス(北部仏印進駐)
1941.7 南ベトナム・カンボジア(南部仏印進駐)
1941.12 ハワイ真珠湾攻撃(大東亜戦争開戦
〜1945.8)
1942.1 フィリピン(アメリカ領)
1942.2 マレー半島(イギリス領マラヤ・シンガポール)
1942.3 インドネシア(オランダ領東インド)
1942.3 ミャンマー(イギリス領ビルマ)
1942.4 ニューギニア北部(オランダ領)
この「南進論」は、田口卯吉・萱沼貞風等民間の論客が唱え始めたものです。しかし、日清戦争(1894〜1895)勝利の結果、台湾が清国より「割譲」される(『4.台湾は中国の一部ではない!』)と、政府はそこを拠点に、対外進出政策の基本方針として、正式に「南進論」を採用しました。その後、「南進論」は、国際連盟より統治を委任された南洋群島−いわゆる「大南洋」統治の関係から、主として海軍によって推進されました。
これは メッセージ 10244 (rykutukgi さん)への返信です.
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