Re: 戦後漢字が制限されたいきさつ
投稿者: heitotakaohonorsroom 投稿日時: 2012/12/14 15:24 投稿番号: [2549 / 2601]
uunhooさん:
保坂さんの名前は戦後頻繁に著書の出版で国語関係者の理解しかないです。
彼の主論が通ったのはしりませんでした。我々戦中、戦後派は直ぐ全てが
GHQの要請で日本政府が実地下と思い込んでいました。7年間、旧漢字と旧
仮名で徹底して教えられた(6ヶ月だけ高中での北京語教授)のが内地で途端新かなと新常用漢字の制限を受けて文中で調べられたのには閉口しました。教科書は歴史では家永教科書とゆう左翼偏向の内容で、内容が教育勅語
を信奉してきた軍国少年には受け容れられずに日本歴史の教師に文句をつけました。歴史の試験でーーー「悦に入った」
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-と書いて減点されたのは、「先生意味は判るでしょう」と迫ったが、旧漢字で制限された漢字で今は使用できないと反対に怒られました。渡米後、初めて母校を訪問したとき、この登用漢字の「悦」は復活していましたので、歴史の教師未だ教えていたので、時間を作り職員室に出かけて過去の話に咲きました。最後のだめおしで
伝統文化は守りましょうと別れました。GHQが推し進めた制限と思っていたが
保坂さんが超本人であったとはびっくりしました。戦後、日本語を廃止して英語を国語にしたらよいと公の場で発言した東大学長がいました。南原繁学長で、朝日新聞の上で活字で踊ったものです。受験参考書で保坂さんは有名
でしたね。「蛍雪の友」時代でありました。
これは メッセージ 2546 (unh*o さん)への返信です.
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