Re: P596の最後から1行目まで
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2012/02/12 07:43 投稿番号: [13 / 26]
然れども此島の以北に一島有て、上好の鮑尤多し。此故に吾●朝鮮國王の命を奉して二年毎に一回彼島に渡れリ。当年も亦那島に渡リ帰帆の砌難風に逢ひ不斗此島に漂着すと云ふ。爾後我輩曰此竹鳥は昔時より、日本人鮑猟を●れ来れる所なれば、速やかに出帆すべしといへば、彼か答えに難風に邁ひ船皆損破するが、故に之を補造して後去るぺしと説けども、其實は急に退くべきの状態にあらず。我輩の上陸して会て●造せる小屋を検査するに、猟船八艘を失ヘり。
由て之んこ?の象ヽ膏に’質ゼ。げ、皆油‘々、へ揖はぜりヽと答ふ。加之
も
我舟を居へんl、強れ、こ6彼は衆我は寡。固lり敵すべからで、恐惺の情ちきl能はず、放a a F1111。月廿.T日
△U只溺グHj只甘玉パ利ブミ。。よ‥づぺ。
Dパ仁い‥‥‥‥ド→‥Hレ‥‥‥バ‥L‥‥いに‥‥ド
Å昌ぃにニリドバ‥ドリド付燧Nムけ討汀卜岫
一出に→にぷ一‥…田※悦ぶに失に※崖づ※
下しで、那の一夥の人負か我都へ召れ、審かに躊件を正さゼ玉。ひ、時に日本人ほ朝斬人との波海は昧侯を異’
に¥.9e uLSら.す『?≒尋れられし`針は、右の』・夥φ答に、我等ほ毎歳春三刃の頃渡島し、七’刃上旬匯帆、の節畿
舟楓具等を小阻に納め置、翌年‘渡海の節秀で毫J・差遼なか.りIノド邱・峰五枇み一
4’2’6S41奪ひべ祭S 。4zJ R・S住ず芯の摸様に見ゆれば、仝く此事朝鮮入創めて竹島を探索J g te 11'S
ひなしヽといへ吋。薦且之に、依て魚猟鶏し雖4 Q9・11。JJ !! 't'‘. I S 2及。へリと云
上討蜘び竹島を聊鮮犬ぶカヘ給ふとかや(″一四)
同年大・谷村川廸来る、彼二人の唐入等米子よ’9、個府城下に巽る時に加納郷左衛門、昆閣忠兵舞琳士
領主の下知に廊じで召漣れ鳥錐に入る(J心吋心讐巡こ91い勺で此後は渡海やおがと、然るによ
りず二二牟七邁.て忿鋒九年二六忿八年)丙子年正月廿八日(四懸 ド \
憲廟(一竺こ芸四丿勁コ皿忿ぶ桟E器≒)の御時なるが梱鮮よ今竹島は鮮朝の島の由を申
‘ ’ . . ’‘ ゛!‘ ’ ″
かくて面月番殴卵詐・ハケ御老中戸田山城守殿奉膚昇され侯よしtよE悲
由て之んこ?の象ヽ膏に’質ゼ。げ、皆油‘々、へ揖はぜりヽと答ふ。加之
も
我舟を居へんl、強れ、こ6彼は衆我は寡。固lり敵すべからで、恐惺の情ちきl能はず、放a a F1111。月廿.T日
△U只溺グHj只甘玉パ利ブミ。。よ‥づぺ。
Dパ仁い‥‥‥‥ド→‥Hレ‥‥‥バ‥L‥‥いに‥‥ド
Å昌ぃにニリドバ‥ドリド付燧Nムけ討汀卜岫
一出に→にぷ一‥…田※悦ぶに失に※崖づ※
下しで、那の一夥の人負か我都へ召れ、審かに躊件を正さゼ玉。ひ、時に日本人ほ朝斬人との波海は昧侯を異’
に¥.9e uLSら.す『?≒尋れられし`針は、右の』・夥φ答に、我等ほ毎歳春三刃の頃渡島し、七’刃上旬匯帆、の節畿
舟楓具等を小阻に納め置、翌年‘渡海の節秀で毫J・差遼なか.りIノド邱・峰五枇み一
4’2’6S41奪ひべ祭S 。4zJ R・S住ず芯の摸様に見ゆれば、仝く此事朝鮮入創めて竹島を探索J g te 11'S
ひなしヽといへ吋。薦且之に、依て魚猟鶏し雖4 Q9・11。JJ !! 't'‘. I S 2及。へリと云
上討蜘び竹島を聊鮮犬ぶカヘ給ふとかや(″一四)
同年大・谷村川廸来る、彼二人の唐入等米子よ’9、個府城下に巽る時に加納郷左衛門、昆閣忠兵舞琳士
領主の下知に廊じで召漣れ鳥錐に入る(J心吋心讐巡こ91い勺で此後は渡海やおがと、然るによ
りず二二牟七邁.て忿鋒九年二六忿八年)丙子年正月廿八日(四懸 ド \
憲廟(一竺こ芸四丿勁コ皿忿ぶ桟E器≒)の御時なるが梱鮮よ今竹島は鮮朝の島の由を申
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かくて面月番殴卵詐・ハケ御老中戸田山城守殿奉膚昇され侯よしtよE悲
これは メッセージ 12 (senkaku_islands さん)への返信です.
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