Re: 前科物に厳しい環境。
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2012/07/06 07:11 投稿番号: [1092 / 1092]
natunokaze001様:
寿山には戦前には軍部の兵舎や駐屯部隊はいませんでした。寿山には
官公庁の高級幹部の官舎が並び、一応警官の監視下にありました。知事、
総務部長、など部長級の役人の官舎があり、軍部は高雄空港、高雄守備隊、
と鳳山に第七部隊、通信部隊、隣に軍需物資補給部隊(第85部隊?)が
ありました。今の中華民国陸軍士官学校と隣の敷地です。ここには戦後
4000人の兵士が駐屯したそうです。その上に、寿山にも中華の先遣部隊
が駐屯して高雄市の行政を操作したそうです。高雄市内の騒動ではここから
降りてきた部隊が押さえ、兵不足のときは鳳山から援軍がはせ参じたそうです。もちろん、大陸からの敗残兵集団が来たときは収容できる施設が不足
して学校や公園を占拠してテント集落を作っていました。学校、公園は直ぐに汚染されて惨めな景色に変わり果てました。本島人が苦情を訴えるときには寿山の南部占拠司令官に訴えたが、そのまま不帰の人になったケースが
おおいですね。2−28事件は46年に既に始まっていたと思いますね。
占領政策がどうであったのかです。戦闘で勝利したと同じ政策であれば
彼等は始めから微塵も妥協、郷に入る、宣撫、協力などの政策は持たなかったのですね。日本が1895年に台湾へ割譲後の行政に来た理念とは雲泥の差があったのですね。
これは メッセージ 1091 (natunokaze001 さん)への返信です.
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