Re: 中国台湾省で惨殺された戦後の日本人?
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2012/06/05 04:43 投稿番号: [1057 / 1092]
夏の風001さま:
昭和20年1月4日に高雄州庁の土木課の家族で台南州玉井村に集団疎開
しました。村の中心街から東へ4−500メートル辺りの陳家に借家して
いましたが、420名の内地人が住む精糖工場のある玉井村で生まれ、育った湯徳章氏が出た。父が警察官で内地人で近くに大きな憲兵分隊がありました。彼がちいさいとき、父が亡くなっていまス。しかし、父は彼を認知しておりました。当然内地の故郷の役場の戸籍に登録されていたでしょう。尋常小学から台南師範を出て警官となり、事件の事後処理で上司とあわずかなり上役となってから辞めています。その後父上の新じゃを頼りに上京、苦労して中央大學の法科を出て弁護士になり、戦前に台南市に帰り弁護士事務所を開けて法律ビジネスに携わりました。敗戦の折は台南市の有力識者となって
いました。台北から徐々に降りて来た中華軍は台南市にもきて日本人化した
有力者やインテリを無造作に逮捕、拷問、銃殺の決まりコースで惨殺して
ゆきました。選択の不可を問わずに中華民国籍に強制的に変えてしまうのは恐らく国際法違反であろう。まして、湯徳章氏の国籍はまだ日本にあったでしょう。役場の戸籍課に残っていたでしょう。また大學4年間の在留証明も
東京の区役所にあるでしょう。国民党は他国の人物を裁判の法課程を経ずして無効な裁判判決(惨殺行為)に寄与しただけです。この越権行為は時限無制限(no limitation of statutes)でいまでも犯罪性が有効です。
家畜のモルモットのごとく扱った罪は戦後現地で日本軍人たちが誤って
殴打しただけの連合軍捕虜への見せしめが絞首刑でありましたのを見ても
重罪であるはずですね。
これは メッセージ 1056 (natunokaze001 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/cf9qbfoqbej_1/1057.html