P723 台湾の北東 下段7行目
投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2012/12/19 20:32 投稿番号: [9 / 11]
●台湾の北東に位する小離島
横山理科大学教授●きに沖縄出張の際、偶大阪商船会社の須磨丸、台湾の北東に在る数個の小離島に寄港する旨を聞込まれしを以て、早速同船長に該島の岩石採集の儀む依頼せられたるが、其後船長は石と共に左の如き手翰を教授の許に送り越されたりと
拝啓仕候、酷暑之砌貴下癒御清適御安着之義と奉抃舞候...本月十日及十九日両回黄尾嶼に寄港、兼而御依願の該島石持帰申候、又先月アジンコートを探検したる田邊井重次郎より、該島石入手侯間、御送申上候、
北緯25度37分30秒、東経122度5分30秒に位する一小島にして、周囲殆ど我二里に近く、島頂高五百四十呎、基隆港口萬人堆埼を距る三十四海里、北三十五度東により、嶋質は噴火殘焼の石質の如く、黒色を帯ぷる岩石にして周囲総て徒界なり。
北東西は絶壁にして高数十丈樹木緊茂し、青木、桑、萓及雑木あり。然れども熱帯地方の植物なきが如し。思ふに此近傍は黒潮と支那海流との交界なるべし。是れ島北は航海の度、数々海水温度七十五六度なるも、其南方十海里の處は八十四度を検すれぱなり、此島台湾人の話によれば、二十年前は人の住居ありたりとの事にて、現に今三四戸の廃屋、頽壊せる煉瓦の壁、及貯水池等ありと云ひ、又山羊は数百群をなし、處々叢篁の間に出没すと云ふ。
此島を距る九海里の處に綿花嶼(高二百四十尺)花瓶嶼(高百七十尺)鼎足の如く散在す。其最北に在るは彭佳山なり。花瓶嶼は四周断岩絶壁にして攀登す可らず。綿花嶼は高からず、隨て上陸するを得、此島は小なる海鳥の多数、当期産卵しつつあり。往年人の居住せし貯水家屋の跡ありと云ふ。
以上は七月田邊井重次郎探検の節、目撃したるものに有之候
黄尾嶼(一名チャウス)
北緯二十五度五十七分、東経百二十三度四十一分に位する一小嶼にして、高六百呎、周廻我一里、基隆港口を距る北六十七度東、百二十五海里、石垣港を距る正北百海里なり。周囲徒界にして水深く、相去る一鏈の處ニ十尋を下らず。、本船八月十日島北東面二鏈の處にて、四十ニ尋の海底に投錨し、十九日は南西面一鏈の處にて、ニ十四尋の處に泊船す。共に底質は岩石及小礫にして、錨泊甚良しからず。此島には前者と相違し、熱帯の植物緊茂し、檳榔、榕、阿檀、其他雑木あり。
島頂三に岐れ、其間處に凹處あり。深きこと三十尺、然れども皆樹木あり。是往時の噴火ロならんと愚考す。石質前者異ならず、此島湧出する水なし。此島より、南四十八度西にて十一海里の處に和平山あり。現時釣魚嶼と称す(一名ホアピンス)高千百八十一呎。之を距る五海里東に尖頭諸嶼(一名ピンナークル)あり。
此釣敢嶼及尖盟諸檎は石價大に異な’9、殆£白色芒砥’
稽すべし、荒砥。石等執ぶ?9、釣魚嶼には湧出する溝水
あ’q’、樹木黄尾嶼忿祖似察9、’周廻殆乙二里″で色云
ふ、然れど処今回は黄尾嗅のみに寄船せ右ぺ、此過侮流
は黒潮にしで牝束に流瀋、頃日混度入十五六度、大瓢
八十七戻’一萄間の逍カー海里串を拾す、黄尾島近傍
がI “『 r I フ 『 I
は潮の千渦ル十尺(朔望潮)‐而して其潮系島の近傍に
では大に方向七鎚し、南東に向で急流すご巡カ凡三鮮
里フ是は畢溺ざ予潮挑の方向に戈。渦潮流昧只為至近
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/chigakuzasshi-1899/
横山理科大学教授●きに沖縄出張の際、偶大阪商船会社の須磨丸、台湾の北東に在る数個の小離島に寄港する旨を聞込まれしを以て、早速同船長に該島の岩石採集の儀む依頼せられたるが、其後船長は石と共に左の如き手翰を教授の許に送り越されたりと
拝啓仕候、酷暑之砌貴下癒御清適御安着之義と奉抃舞候...本月十日及十九日両回黄尾嶼に寄港、兼而御依願の該島石持帰申候、又先月アジンコートを探検したる田邊井重次郎より、該島石入手侯間、御送申上候、
北緯25度37分30秒、東経122度5分30秒に位する一小島にして、周囲殆ど我二里に近く、島頂高五百四十呎、基隆港口萬人堆埼を距る三十四海里、北三十五度東により、嶋質は噴火殘焼の石質の如く、黒色を帯ぷる岩石にして周囲総て徒界なり。
北東西は絶壁にして高数十丈樹木緊茂し、青木、桑、萓及雑木あり。然れども熱帯地方の植物なきが如し。思ふに此近傍は黒潮と支那海流との交界なるべし。是れ島北は航海の度、数々海水温度七十五六度なるも、其南方十海里の處は八十四度を検すれぱなり、此島台湾人の話によれば、二十年前は人の住居ありたりとの事にて、現に今三四戸の廃屋、頽壊せる煉瓦の壁、及貯水池等ありと云ひ、又山羊は数百群をなし、處々叢篁の間に出没すと云ふ。
此島を距る九海里の處に綿花嶼(高二百四十尺)花瓶嶼(高百七十尺)鼎足の如く散在す。其最北に在るは彭佳山なり。花瓶嶼は四周断岩絶壁にして攀登す可らず。綿花嶼は高からず、隨て上陸するを得、此島は小なる海鳥の多数、当期産卵しつつあり。往年人の居住せし貯水家屋の跡ありと云ふ。
以上は七月田邊井重次郎探検の節、目撃したるものに有之候
黄尾嶼(一名チャウス)
北緯二十五度五十七分、東経百二十三度四十一分に位する一小嶼にして、高六百呎、周廻我一里、基隆港口を距る北六十七度東、百二十五海里、石垣港を距る正北百海里なり。周囲徒界にして水深く、相去る一鏈の處ニ十尋を下らず。、本船八月十日島北東面二鏈の處にて、四十ニ尋の海底に投錨し、十九日は南西面一鏈の處にて、ニ十四尋の處に泊船す。共に底質は岩石及小礫にして、錨泊甚良しからず。此島には前者と相違し、熱帯の植物緊茂し、檳榔、榕、阿檀、其他雑木あり。
島頂三に岐れ、其間處に凹處あり。深きこと三十尺、然れども皆樹木あり。是往時の噴火ロならんと愚考す。石質前者異ならず、此島湧出する水なし。此島より、南四十八度西にて十一海里の處に和平山あり。現時釣魚嶼と称す(一名ホアピンス)高千百八十一呎。之を距る五海里東に尖頭諸嶼(一名ピンナークル)あり。
此釣敢嶼及尖盟諸檎は石價大に異な’9、殆£白色芒砥’
稽すべし、荒砥。石等執ぶ?9、釣魚嶼には湧出する溝水
あ’q’、樹木黄尾嶼忿祖似察9、’周廻殆乙二里″で色云
ふ、然れど処今回は黄尾嗅のみに寄船せ右ぺ、此過侮流
は黒潮にしで牝束に流瀋、頃日混度入十五六度、大瓢
八十七戻’一萄間の逍カー海里串を拾す、黄尾島近傍
がI “『 r I フ 『 I
は潮の千渦ル十尺(朔望潮)‐而して其潮系島の近傍に
では大に方向七鎚し、南東に向で急流すご巡カ凡三鮮
里フ是は畢溺ざ予潮挑の方向に戈。渦潮流昧只為至近
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