台湾人と本気で交流

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Re: ウンホーさま、郭冠英事件

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/04/15 18:45 投稿番号: [9605 / 10346]
あの高級外省人の祖父は、64年前台湾へ来て、はじめて水道を見て、これは便利だと思って金物屋へ行って水道の蛇口を買い、自宅の壁に取り付けたが、栓を捻っても水が出ないので、金物屋へ怒鳴り込みに行った奴です。

本島人は日本の大学を出た後、台湾へ帰らないで、日本で就職すればあまり差別されずに昇進しました。蔡という姓の本島人(名は記憶せず)は大阪控訴院の商務部の主任判事にまでなれたから大成功と言えます。終戦直後の日本は判事でも飯が食えないので台湾へ帰って来ました。蒋政権もそういう人を無視できなかったので、わしの記憶では監察院委員の地位を与えました。話によると、その蔡氏は非常に無口で、人付き合いがわるく、監察院委員として事務的なことのほかは何もしなかったそうです。もうずっと前に亡くなりました。

日本のどこか(東京かな)の帝大の法科を出て、すぐに高等文官(?)の試験に合格した本島人青年が、意気揚々と故郷台南へ帰り台南州庁へ職を求めたので、台南州知事も無下に拒絶できず、台南州下のある郡の郡守(郡長)に任命しました。それは彼の学歴に相応した地位ですが、それ以後何時までも昇進させてもらえず、やがて往年の彼の同級生で正当に昇進した内地人を彼の上官として呼び寄せたので、彼は憤然と退職して、商人になった。

彼の奥さんは学生時代に日本で結婚した内地人。その奥さんを題材にして、在台内地人が書いた小説『張夫人』が昭和15年ごろ芥川賞の候補になったが、賞に入らなかった。わしはその小説をすこしばかり拾い読みしました。印象が深いのは、彼が怒って辞職すると、短時日のうちに流暢だった日本語が下手になり、発音がわるくなったというくだりです。ほんとにそんなことがあるのかな?
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