台湾人と本気で交流

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台湾に「創氏改名」はなかった

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/05/18 13:18 投稿番号: [9321 / 10346]
このトピに、わしがいつ、どんな動機で投稿したのか知りたくなって、トピの始まりから約1000番まで調べましたが、わしはまだ出現していません。これからもっと調べてみるつもりです。

ところで、このトピが始まって間もないころ、「台湾の創始改名」のことが話題に出ています。その話題が出てから6年もたっていますが、あの当時を生きてきた証人として、コメントをつけておくことにします。改姓名の法令が出たとき(1940年)、わしは旧制中学校の生徒でした。

台湾では「創氏改名」でなく、あっさりと「改姓名(かいせいめい)」と言っていました。これが法規上の正式名称でした。その法令が出ると、やがて同級生のなかに改姓名したやつがボツボツ出現しました。陳金盛君が東一郎と改姓名し、学校へ正式に報告した(戸籍謄本を提出した?)ので、先生も即日「東一郎!」と呼び、同級生もすぐに「おい、ひがし!」と呼び、本人がかえって自分のことだと気がつかずに、平然としていた。

明治時代に作られた川柳に「チョピンとは俺のことかとChopin言ひ」というのがあったが、これは「ひがしとは俺のことかと陳氏言ひ」です。

やがて、理科の先生(内地人)が一時間をつぶして、改姓名の勧告をしました。「黄君、君は横田とするがよかろう、横の字のなかに黄がありからね。洪君、洪という字は水がたくさんあるという意味だから、清水にしたらよい」と言った具合。クラスの本島人の生徒も、内地人の生徒も面白がって聞いていました。

日本の本屋が「姓名学」という姓名占いの本を大増刷して台湾へ送ってきたのが飛ぶように売れて、本屋は大もうけしました。

戦前の台湾では総督府の命令により、女性は姓と名の間に氏という字を挿入しなければならないことになっていました。たとえば黄家に女の子が生まれて、名を青霞と付けた場合、出生届には黄青霞でなく、黄氏青霞と書かなければならない。戸籍謄本には黄氏青霞と記載され、その子が学校へ入ると、先生から「こうし   せいか」とよばれる。しかし姓だけで呼ぶときは、黄さん(こうさん)であって、黄氏さんではない。

総督府がこんな法令を作った理由は、本島人の女性の名には、男の名に紛らわしいものがあるからというのだが、そんなはずはない。当時の総督府の役人が、概して漢字のニュアンスに鈍感だったからだろうと思う。それはそうと、総督府の役人が、台湾の南部のある地方に、女子の姓と名の間に氏をつける習慣があるのを見つけて、それを台湾全体に法令を以て強制したのである。

台湾の女性がだんだんインテリ化すると、この氏の字を女性差別だと言って嫌いだしました。だから黄氏青霞さんは、改姓名によって、横田淑子になったとき、氏がないので喜んだかも知れない。日本式に改姓名したとき、氏の字はつけないでよいことになっていました。

日本が敗戦したとき、台湾人は誰からも命令されずに、いっせいにもとの姓名に戻りました。東一郎君は陳金盛に、横田淑子さんは黄氏青霞でなく、黄青霞になりました。しかし日本式姓名を嫌ったとか、恥だと思ったのでなく、台湾人だから、台湾式の姓名が自然だと思ってのことです。

朝鮮人や中国人の中には、外国へ行ったとき日本式の名を名乗るものがあると聞いていますが、台湾人にはそんな者はいないようです。外国へ行くと、私は台湾人ですと言明します。
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