台湾人と本気で交流

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選挙が終わった

投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/03/26 13:15 投稿番号: [9194 / 10346]
nachitakao様

現在の台湾の40代の人たちは、親の保護の下に、蒋政権の恐ろしさを知らずに成長した。親たちは、危険防止のため、蒋政権を批判する言葉をおくびにも出さなかった。かく慎重に保護された子どもが大人になって社会へ出たのは、ちょうど蒋政権が死滅したころだ。李登輝総統が、十数万の政治犯(蒋政権の用語では反乱犯)を全部釈放し、「もはや台湾には一人の政治犯もなし」と高らかに宣言した日は、台湾に人権と思想の自由が訪れた輝かしい日であった。

このときに中年を越していた台湾人は、40年にわたる恐怖からついに逃れたことを知った。中年、老年たちは安全感に酔いしれて、若者たちに蒋政権時代の恐怖を語るのを怠った。思い出すのも忌まわしいので、そんな記憶は頭から払いのけた。

蒋経国が戒厳令を廃止したと言われるが、それはうそである。蒋経国は戒厳令を廃止する前に、「治安のため」のなんとかいう法律を作っておいて、戒厳の廃止と同時にその新法律が発効するようにしておいた。それは戒厳の廃止を有名無実にした法令である。ただ蒋経国が間もなく急死したので、世人はそのことを記憶にとどめていないだけのことだ。蒋経国が生きているあいだ、恐怖政治は継続されていた。蒋経国が死んだとき、十数万の政治犯は依然として牢獄に呻吟していた。

蒋政権時代未成年だった者たちが社会へ出たとき、世は人権と、思想の自由とが保証された社会になっていた。その結果、デモの自由が野放しになった。社会の安寧秩序を保護する規制がはまだ制定れていなかったのだ。

立法院(国会)内では討論のかわりに、乱闘がおこなわれた。蒋政権時代の40年にわたる閉塞の反動である。あのときから、20年経過したから、乱闘は減少したが、立法院内で意見を表示するには議場でデモがおこなわれ、それに反対する者がまた、院内デモをおこなう。蒋政権時代の閉塞感の反動がまだ残っているのだ。

蒋政権が死滅したばかりの時期、台湾電公司がある地方で電力輸送の設備を建設しようとして、住民の反対に逢った。それまでは、蒋政権の威力で反対を圧倒したが、その手はもうなくなった。そこで、住民に同意費なるものを払って、反対運動を引っ込めさせた。それからは、社会建設のための工事が計画されると、欲深連中が反対デモをおこして、同意費をせしめようとした。日本にもそれがあって、日本語では「ゴネ得をせしめる」と言う。

そんな時代にちょうど社会に出た年代の者が、今は有権者の過半を占める40代なのである。彼らは人権、思想の自由、恐怖からの逃れが、今は存在し、過去には存在しなかったことが理解できない。現在の状態は天然自然の状態だと思い込んでいて、それを守らなければならぬという考えが頭の中にないのである。
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