蒋經國時代の思い出の一、二
投稿者: unhoo 投稿日時: 2006/10/25 22:39 投稿番号: [8242 / 10346]
蒋父子二代続いた専制政権は、国民の海外旅行を禁止し続けて、最後の5、6年ぐらいになって、やっと禁令を解いた。国民に外国の民主、人権、自由を見せないのが蒋政権の基本方針だったのだ。出国できるのは、公務を帯びた高級官吏、商用で出張する大公司の幹部職員、国際競技に参加する選手ぐらいなものだった。しかし蒋政権も遂に世論に抗することができなくなって、解禁する日が来た。
蒋政権の政策が世論に負けたいきさつはこうである。韓国の朴正煕大統領(在任1963〜1979)は、憲法をたびたび改変して自分の任期を引き延ばした独裁者だったが、それでも国民の平均年収が1000ドルに達したとき、もはや政府の保有ドルをけちけちしてまで国民の海外旅行を制限する必要はないと言って、制限を解いた。そのとき台湾はすでに国民の平均年収が2000ドルだったので、韓国のニュースが伝わってきたとき、本省人も外省人も抑制していた海外旅行への欲望が沸騰して騒ぎ出した。騒ぎは外省人のほうが大きかった。蒋政権は本省人だけの騒ぎなら、絶対に抑圧してきたが、外省人の騒ぎには抑える手が軟化した。それで解禁となったのである。
海外旅行解禁となったが、海関(税関)の荷物検査が、めちゃくちゃにきびしかった。特に旅行から帰国したときの検査がすさまじかった。海関の検査官がトランクの中に深く手を突っ込んで、芋を洗うように掻き回した。何か「怪しい物」が手に触れると、引っ張り出して調べた。だから検査後のトランクは目も当てられない混乱狼藉で、整理しないと蓋を閉めることができなかった。
海関は日本旅行から帰った女性旅客には特に目を光らせて、日本で買った衣類と認めた物には輸入税を掛けた。着ている服でさえ、日本で買ったものと認定されると、税金を取られた。
これは メッセージ 8238 (unhoo さん)への返信です.
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