>ホンキーさんって私と同じバブル世代!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/03/30 15:33 投稿番号: [7844 / 10346]
>ホンキーさんって私と同じバブル世代!
お、奇遇ですねえ☆
たぶん。
>夏は海、冬はスキー(今ならスノボ?)、ダンパ、クリパなんて言葉も流行ってた。
はあ…やっぱ東京の学生は、「ナウ」かったんですねえ@死語。
やっぱ、ワシらイナカの学生が憧れていた通りだわ。(笑) 東京から100km以内でしたけど。
…と言いますか、テキトーにポンコツ車に乗り合わせて海に行ったりとか、やってましたけどね。途中で、2気筒の軽ワゴンの1気筒がポシャり、走らなくなったりして大慌てしたり。
「どいつもこいつも、どーしてこうもビンボーなんだよ!」「テメエが一番ビンボーじゃねえか」「あ、そうか」とか。
でも、京師の学生さんは、休み毎に何か、大きなイベントがあるんですか。
「クリパ」って、クリスマスパーティ?
あ、やったっけ。男ばかりで集まって、シーチキンの缶詰に、缶ビールで。BGMは、ジミヘンの「紫の煙」か、ドアーズの「ブレイク・オン・スルー」、クリームの「サンシャイン・ラヴ」で…。
「なんか…ムサいなあ。なんでこの日にオメーらのツラみて飲まなきゃいけねえんだ?」「それはこっちのセリフだ、バーカ! オマエこそタバコ一箱ガマンして銭湯に行け!」「オマエこそ髪を切れ。あ、オレが切ってやるわ♪」「イヤだ!」と、ボロアパートの廊下のピンク電話(自宅電話なんて、ゼータク中のゼータク。罰当たり者です)で、誰かが手当たり次第に女子アパートの共同電話に電話して、戦果ゼロとか…。(爆)
なんか、ミッション系のお嬢様ですか。おかねもち…。
ダンパは分かりますですヨ。「ダンスパーティ」でしょ?
ただし、そういうパーティでは踊った事が無くて、躍らせる側にずっといて、なんかたまにはこっちも楽しみたいなと思ったりしていました。
暗闇の中で仲間と顔を見合わせて、「じゃあ次、パット・ベネターの『ハート・ブレイカー』だっけか? いや、ハートのナンチャラカンチャラだよ。ほい。わん、つー、すりー、ふぉー、(ジャン!)」って。
でも、今度生まれてくるときは、今度こそ、今度こそ、踊る側になってみたい。見て楽しむ側になってみたい。一度だけ。(笑)
>過激な運動をやるわりには、話すととっても親しみやすくてロマンチストなんですよね。ロマンチストで理想主義だからこそ過激な左翼運動に飛び込んでいったのかも。
それはあると思うんです。
その人も、かなりのインテリではありませんか?
まあ一概にそう言い切るのはその人に対して失礼かも知れませんが、ロマンチストは多いように、実際に感じました。
>でもうちの大学では、マジで左翼なんて見なかったし、
ははあ…。
つまり、『ああ無情』で、ジャン・バルジャンの娘コレットと恋仲になる貴族青年の革命分子みたいなのもいなかったんですね?
>裕福な家庭の子は当時流行った「なんとなくクリスタル」っぽい生活で。あ、でも法政大学とか明治大学など硬派な大学では過激な運動をやっていたみたいなんだけど。
な…「なんとなくクリスタル」!!!!!!!!!!!!!
かとうかずこでしたっけ(そのまんま東と、正式に離婚したそうでw)。一度、テレビで見たかな、あの映画。なんか、レストランだのホテルだの、なんかこう、カネさえあれば、誰だってやれそうな内容じゃないですか。
恐ろしいですね。あんなのが流行っていただなんて。まあ、だからこそ、泡沫みたいな「流行り」であって、「文化」ではないんですけどね。
康夫知事がほぼすっぽんぽんでグラビアに出て、「脱げば気分はクリスタル」なんてタイトルだったのを憶えてまふ…orz
法政とか明治は、仕事で何回かお邪魔したことがありますが、確かにカゲキな立て看板とかはありましたっけ。「3.** ○里塚集合!」とか。
>サイケな映像にひきつけられました。
「イージー・ライダー」なんか、そういう意味ではモロにそういうシーンがありますね。
お、奇遇ですねえ☆
たぶん。
>夏は海、冬はスキー(今ならスノボ?)、ダンパ、クリパなんて言葉も流行ってた。
はあ…やっぱ東京の学生は、「ナウ」かったんですねえ@死語。
やっぱ、ワシらイナカの学生が憧れていた通りだわ。(笑) 東京から100km以内でしたけど。
…と言いますか、テキトーにポンコツ車に乗り合わせて海に行ったりとか、やってましたけどね。途中で、2気筒の軽ワゴンの1気筒がポシャり、走らなくなったりして大慌てしたり。
「どいつもこいつも、どーしてこうもビンボーなんだよ!」「テメエが一番ビンボーじゃねえか」「あ、そうか」とか。
でも、京師の学生さんは、休み毎に何か、大きなイベントがあるんですか。
「クリパ」って、クリスマスパーティ?
あ、やったっけ。男ばかりで集まって、シーチキンの缶詰に、缶ビールで。BGMは、ジミヘンの「紫の煙」か、ドアーズの「ブレイク・オン・スルー」、クリームの「サンシャイン・ラヴ」で…。
「なんか…ムサいなあ。なんでこの日にオメーらのツラみて飲まなきゃいけねえんだ?」「それはこっちのセリフだ、バーカ! オマエこそタバコ一箱ガマンして銭湯に行け!」「オマエこそ髪を切れ。あ、オレが切ってやるわ♪」「イヤだ!」と、ボロアパートの廊下のピンク電話(自宅電話なんて、ゼータク中のゼータク。罰当たり者です)で、誰かが手当たり次第に女子アパートの共同電話に電話して、戦果ゼロとか…。(爆)
なんか、ミッション系のお嬢様ですか。おかねもち…。
ダンパは分かりますですヨ。「ダンスパーティ」でしょ?
ただし、そういうパーティでは踊った事が無くて、躍らせる側にずっといて、なんかたまにはこっちも楽しみたいなと思ったりしていました。
暗闇の中で仲間と顔を見合わせて、「じゃあ次、パット・ベネターの『ハート・ブレイカー』だっけか? いや、ハートのナンチャラカンチャラだよ。ほい。わん、つー、すりー、ふぉー、(ジャン!)」って。
でも、今度生まれてくるときは、今度こそ、今度こそ、踊る側になってみたい。見て楽しむ側になってみたい。一度だけ。(笑)
>過激な運動をやるわりには、話すととっても親しみやすくてロマンチストなんですよね。ロマンチストで理想主義だからこそ過激な左翼運動に飛び込んでいったのかも。
それはあると思うんです。
その人も、かなりのインテリではありませんか?
まあ一概にそう言い切るのはその人に対して失礼かも知れませんが、ロマンチストは多いように、実際に感じました。
>でもうちの大学では、マジで左翼なんて見なかったし、
ははあ…。
つまり、『ああ無情』で、ジャン・バルジャンの娘コレットと恋仲になる貴族青年の革命分子みたいなのもいなかったんですね?
>裕福な家庭の子は当時流行った「なんとなくクリスタル」っぽい生活で。あ、でも法政大学とか明治大学など硬派な大学では過激な運動をやっていたみたいなんだけど。
な…「なんとなくクリスタル」!!!!!!!!!!!!!
かとうかずこでしたっけ(そのまんま東と、正式に離婚したそうでw)。一度、テレビで見たかな、あの映画。なんか、レストランだのホテルだの、なんかこう、カネさえあれば、誰だってやれそうな内容じゃないですか。
恐ろしいですね。あんなのが流行っていただなんて。まあ、だからこそ、泡沫みたいな「流行り」であって、「文化」ではないんですけどね。
康夫知事がほぼすっぽんぽんでグラビアに出て、「脱げば気分はクリスタル」なんてタイトルだったのを憶えてまふ…orz
法政とか明治は、仕事で何回かお邪魔したことがありますが、確かにカゲキな立て看板とかはありましたっけ。「3.** ○里塚集合!」とか。
>サイケな映像にひきつけられました。
「イージー・ライダー」なんか、そういう意味ではモロにそういうシーンがありますね。
これは メッセージ 7843 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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