おっと!(笑) 2
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/03/08 00:15 投稿番号: [7782 / 10346]
(つづき)
マッカーサーの驚愕発言。(1953年5月3日。米国上院にて)↓
『問
では五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。
答
その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』
(小堀桂一郎編『東京裁判 日本の弁明』より)
>このことは中国人自身が憂いていることで、文豪の魯迅や中国の知識人が繰り返し訴えてきました。
魯迅、孫逸山…。
みな日本の影響を受けています。
孫逸山は、中国同胞に「公共心を持て」と呼びかけています。
孫逸山の、多少「?」なところは、「日本よ、欧米列強に対する亜細亜の防波堤たれ」のような事を言ったところでしょうか。
まあ間違ってはいないんですが、「自分はデーンと構えていて、せかせかとそれを護るのは日本だ」という、ある種の中華思想がチラホラと見える。
しかし、光緒年間に日本式に「維新」を目指したのは、よほどの決断ではあったと、敬服はします。清の徳宗、可愛そうに狂ったサディスト売国伯母さんのために幽閉されて若くして亡くなりますが…。
ちなみに、ワタシが高校の頃読んだ本で、今でも強烈な印象を残しているのは、魯迅の『阿Q正伝』です。
あの中の、銭ダンナの息子の「ニセ毛唐」、日本に留学して、「西洋かぶれ」して帰国しているんですね。
なんたる…。
「日本」で「西洋かぶれ」ですよ。
あれは、高校生だったワタシには、日本人としてとても情けなく思えた物語でした。
あの時に、「矜持」ってものを考え始めたかな…。
マッカーサーの驚愕発言。(1953年5月3日。米国上院にて)↓
『問
では五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。
答
その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』
(小堀桂一郎編『東京裁判 日本の弁明』より)
>このことは中国人自身が憂いていることで、文豪の魯迅や中国の知識人が繰り返し訴えてきました。
魯迅、孫逸山…。
みな日本の影響を受けています。
孫逸山は、中国同胞に「公共心を持て」と呼びかけています。
孫逸山の、多少「?」なところは、「日本よ、欧米列強に対する亜細亜の防波堤たれ」のような事を言ったところでしょうか。
まあ間違ってはいないんですが、「自分はデーンと構えていて、せかせかとそれを護るのは日本だ」という、ある種の中華思想がチラホラと見える。
しかし、光緒年間に日本式に「維新」を目指したのは、よほどの決断ではあったと、敬服はします。清の徳宗、可愛そうに狂ったサディスト売国伯母さんのために幽閉されて若くして亡くなりますが…。
ちなみに、ワタシが高校の頃読んだ本で、今でも強烈な印象を残しているのは、魯迅の『阿Q正伝』です。
あの中の、銭ダンナの息子の「ニセ毛唐」、日本に留学して、「西洋かぶれ」して帰国しているんですね。
なんたる…。
「日本」で「西洋かぶれ」ですよ。
あれは、高校生だったワタシには、日本人としてとても情けなく思えた物語でした。
あの時に、「矜持」ってものを考え始めたかな…。
これは メッセージ 7780 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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