台湾人と本気で交流

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Re: Honkytonkさま、台北市内の「和民」♪

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/02/14 20:03 投稿番号: [7715 / 10346]
taiwanboom様

ご丁寧に恐れ入ります。

>おかげで、李王家は韓国民に対する責任を免れることができました。

この辺の事情ですが、日本への併合依頼を決議したのは、内閣首班の李完用首相でしたね。また、どこまで遡って調べるかについては、ワタシとしてはジェネラル・シャーマン号事件までは遡るべきかと思ったわけであります。
が、韓国側での併合の決定自体は、最終的に純宗皇帝の「詔書」として発布されていますので、どう認識されているかは別として、責任の所在自体は明確にはされています。
(なお、李首相は、現在韓国で言われているような「売国奴」ではありません。彼は、将来自分が売国奴呼ばわりされる事を百も承知で、手を汚しました。むしろ西洋事情に通じた開明派の官僚でした。以下はワタシの「推測」でしかありませんが、彼としては、国家がまるごと自滅するよりも、今は屈辱を忍んでも、将来は独立という名の花が咲くかもしれないと願っていたのではないかと思います。潔く自滅するというには、韓国はそれまでに不様な失態が多過ぎました。また、自滅する事自体が、週辺諸国にとって「迷惑」な事でしたし。)

>日本の植民地支配に苦しむ韓国民を捨てて、王室だけの安楽を
>求めたのです。

この辺の認識も、ワタシ的に数年いろいろと調べてみて、「事は一言で表現出来るほど単純ではないな」と思い至るようになりました。

まず、他国・他民族に支配されるのが屈辱であるのは言うまでもありません。

ただ、「結果論」として、朝鮮半島における朝鮮民族の人口が、併合期間で約2.4倍に増えて、且つ、独立後の学校制度や政治・経済・司法の制度がほぼ日本のものを踏襲出来ている事を、どう捉えるか、です。

日本全土が空襲で壊滅的打撃を受け、人口が減りつつある中で、朝鮮半島ではどうして戦時中に人口が200万人増えたのか…その辺も含めて、多様的に見る必要があると感じました。(戦争の最後の二年間を除いて、朝鮮人には徴兵義務が無かった事も含めて。)
つまり、民族まるごとタコ部屋に詰め込まれて、最低限の食事をあてがわれて家畜のように「飼育」されていたのとは違う、という事は明らかなわけです。

ソウル大学の教授の発表では、ウォール街の株の大暴落に始まる世界恐慌時に、日米ともに不況に喘いでいた時に、朝鮮半島ではぐんぐん経済成長していたとか。

以上で、「だから良かったのだ」と一言で括るのは危険ですが、要するに、多極的に考える必要があると思い至るようになった、これがワタシの結論であります。

>ここが台湾領有と韓国併合の大きな相違点です。
>これを同等に扱うのは合理的ではありません。

「相違」がある事については、全く同感であります。

台湾は日清戦争による日本への「割譲」であり、悪い言い方をすれば「戦利品」扱いでした。しかも、清朝側から、半ば「そこは化外の土地だから、我が国としては与り知らん」と投げ捨てられるような形で。そして、初期には台湾では日本は激しく抵抗を受けています。指揮官北白川宮能久親王(元の輪王寺宮公現法親王=奥羽越列藩同盟の「東武皇帝」)を戦病死に至らしめたほどのエピソードまであります。

朝鮮は、両国の「条約」による「合邦」であり、根本的に違いました。しかも、最初に日本へ併合の意向を打診したのは、韓国政府側でした。
しかも、併合はほぼ無血占領でした。

ここで、日本人の双方を見る目が違ってくるわけであります。台湾に対して「畏敬」と言わないまでも、「さすがだ」と思わせるものがあるのは、致し方ないことでしょう。(台湾を不当に買い被っている人が多いのは、逆に失礼な事ではありますが。)

結論として申しますと、どうも現代人は、物事を紋切り型に決め付けるのでなく、もう一度資料や証言を洗い出して、検証し直すクセを付けるべきではないかと思い至ったわけであります。

以上、駄文を呈しましたが、ご容赦願います。
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