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ReRe: なぜ日本だけが…

投稿者: unhoo 投稿日時: 2005/12/16 01:08 投稿番号: [7562 / 10346]
歴史に「敗戦国の責任、義務」というものがあった例はない。あったのは戦勝国や戦勝国の仲間になれたトリマキ国が、賠償という名の略奪をおこない、復讐的な殺人をやったという歴史だ。

戦勝国がそれをやるには、戦争終結後も十分な武力を持っていることが必要である。戦争の勝利国にはなったが、武力が続かなかったため、賠償が取れず、復讐殺人もやれなかった例はいくらでもある。それが歴史上の事実である。他方、戦敗国は、戦勝国の武力が続かなくなったことを見抜くと、賠償や復讐の被害をできるだけ軽減するように立ち回って、国益を守ったものだ。これも歴史上の事実である。

サンフランシスコ講和会議のとき、中華民国の蒋介石政権は、国土の99.999999%を失っていたから、戦勝国側講和代表の一員たる資格をみとめられず、講和会議に席を与えられなかった。一方、中共政権は、当時朝鮮において連合国と交戦中で、連合国の敵国だったから、これまた参加国の列からはじきとばされた。

蒋政権や中共政権は、日本から賠償(戦勝者の略奪)を取ることを放棄したのでない。武力がなかったから、歴史の法則のとおりに、取れなかったのだ。サンフランシスコ条約では、日本が講和の相手として、国民党政権を選ぶか、中共政権を選ぶかは、日本の選択に任されることになった。そのとき、アメリカは朝鮮において中共と戦闘中で、中共を憎んでいたから、吉田茂首相に圧力をかけて、国民党政権を選ばせた。吉田が国民党政権を講和の相手に選んだとき、蒋政権は喜びに沸騰した。当時の国民党政権にとっては、対日講和の当事者になれるかどうかは、政権の死活にかかわる大事だったのである。国民党政権は、日本の講和特使河田烈を乗せたチャーター機を、戦闘機による儀礼隊で空中で出迎えるという計画までたてた。しかしこれは国際的に前例がないという理由で実行されなかった。

講和会議において、吉田茂は歴史の法則を見抜いていたから、河田烈を督励して、国民党政権に賠償要求を出させなかった。一方、国民党政権は中華民国の政府として講和の当事者になれた喜びでうきうきしていたから、取れるあてもない賠償などは言い張る気になれなかった。その後も国民党の要人たちは吉田をよき友人として好感をいだき、「吉田の外交手腕」をほめるに吝かでなかった。

吉田が理解していた歴史の法則を、吉田の後、日本の政治家は理解するだけの知恵がなく、一部愚劣なメディアに煽られて国家罪悪感、敗者の義務等々、前代未聞の観念を創作して旧敵国の気勢を助長し、世界の嘲笑を買っていることに気がつかずに、得意になっていた。
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