戦争責任をわきまえてから各論を話す。
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2005/07/01 23:46 投稿番号: [7121 / 10346]
Cafe様:
そうですね。中国にも満州にも東南アジアにも日本領土はありませんでした。昭和7年ころやり日本人と日本軍の土足がこれらの国を闊歩しだしました。そしてその過程でいろいろな犯罪を重ねました。
このごろ人気ある右翼論によると危ないのは中国、満州、東南アジアに侵略したことはないという歪曲と捏造論です。
この飛躍論は危ないですし、いつまでも過去の体験から学ばない日本人がみえます。そしてうまい政治論で戦争にまた簡単につっこみます。
私は各論で日本の外国などの行政や宣撫などのへの批判には主張はするべきだと思います。極東裁判、南京大虐殺、盧溝橋事件、ノモンハン事件、インドビルマへの独立関与、インドネシアへの独立戦争関与、原爆投下、など大いに正当性と主張はおすべきですね。
でも基本となる戦争勃発と侵略の現実は硬く心に占めて意見を吐き出したいですね。
ただもう60年目の終戦記念です。多少の間違いは公平に批判されて通過してもいい時期だと思います。
昭和16年12月7日に真珠湾口から湾内に進入できた坂上大尉(特殊潜航艇、5隻)は何回も湾内をまわり目的艦船を探したが見当たらず終いに敵艦の砲撃で挫折した時意識がなくなり捕虜第一号になりました。初めは軍人として自殺を考えたのだが、アメリカ海軍の捕虜待遇がよくて変心したそうです。その後かれは本土に収容されて読書、講演、娯楽を楽しみ、無事に戦後帰国しました。愛媛県出身でしたが幸福な生活をおくったそうです。間違いの人生と悟り自殺を思いとどまり余生を満喫したのは学習効果のあった海軍人(九軍神といわれた戦死の同僚)でした。これがほんとの海軍軍人であるはずです。東部で彼の個室(刑務所内)をみてきました。蒋介石は国民党を戦後批判した共産主義者も含めて思う存分逮捕、虐殺をしました。
当時刑に服した本島人で刑期間は楽しく、充分娯楽や食料も与え、軽労働であったと自白する政治犯がいるかな?
戦争では降参するならば英米軍にすると安全だと日本軍が現地でわかる時はもう敗戦間際でありました。
これは メッセージ 7117 (cafebangchhunhong さん)への返信です.
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