台湾人と本気で交流

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やった〜。また一人だ〜

投稿者: banqiangren 投稿日時: 2004/11/23 15:21 投稿番号: [6317 / 10346]
  こんにちは。
  自分へのレスがあると、うれしいですね〜♪。謝謝カフェ姐。

  土曜日にまた夫が中国へと飛んでいき、また一人暮らしになった半強人です。うれぢい〜。

  夫には、保護者としては存在していてほしいし、何でも話せる親友ではあるけど、同居はちょっと疲れる。
 
  あっちのほうが賢いし、稼いでいるし、基本的生活の決裁権を持っているからね。何でうちかえってきてまで上司がいるんだよっ。てな気分になりがち。

  いつかきっと下克上、と思いながらすごす毎日です。
 
  曽野綾子(←箱入り妻だったころ、好きだった)がどっかに書いてましたが、
「夫の失業と病気は妻の僥倖」なんだそうで。
  家庭内下克上ができる千載一遇のチャンス、って意味でしょう。
  私は、親を見て深く深く納得いたしました。
 
  父は子どもの頃から30代で失明するだろうといわれて育ったいいとこの次男。   母は子どもが生めないかも、といわれるほど体の弱かった看護婦。
 
  母がねらったのは、自分がコントロールできる家付きカーつきババ抜き次男。
 
  「一生この人の看護婦になります」といえばきこえはいいですけどね。
 
  頭だけは賢い父は、はり院をやりつつ、地域の障害者団体の活動に力をいれていたので、うちには常に障害をおったばかりの人や、自立過程の人がいて、隔週だかの日曜日にはみんなで、老人ホームや養護院に労働奉仕。夜は、カセットデッキを4〜5台ならべて録音作業。
 
  母はそのうち市から「内助の功」の人として表彰を受けるようになるのだが、

  しかししかし、実態は要するに、下克上成功者、だと思うんですよね。
 
  私に僥倖がおとづれるのはいつの日か?
 
  いや、しかしこう書いてみると、私ってほんとに普通じゃないかも。
 
  「盲人」→かわいそうな人、かわいそうな家庭、と認識されがちだけど、経済的にも愛情的にも私はほんとに普通に育ったと思います。
  ちっぽけだけど貸家もあるから彼らの老後も心配しなくてすむし。
 
  そういうコンプレックスはなく育ったんだけど、社会に出て、「はり院をやっている盲人の娘で台湾人と結婚」というところから人々がイメージするものがあまりにも「かわいそう」で・・。
  夫の会社名だの父の社会活動経歴だのを言わなければならない、ってのが自分でもかわいそうかも。

  10年以上前に台湾で知り合ったお嬢さんが「父は台湾人、母は日本人です。父は●●につとめていて、私は▲▲で部長秘書をしていたのですが、父の退職で台湾へ移住しました」と初対面の人にすべて言うのが、ちょっとかわいそうだと思った記憶がありますが、まさか自分もこうなるとは。
 
 
  ああ、またまた自己開示しすぎ?
でもでも、カフェさんやほかの方のことも過去ログでいろいろ知ってしまったんだから、私のことも知ってほしいかな、なんて思うのでありました。

  てなわけで、とりあえず、いったん
終了します。
 
 
 
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