Re: :台湾を語る〜;皇紀二千六百年奉祝国民
投稿者: heitotakaohonors 投稿日時: 2010/08/02 01:26 投稿番号: [20 / 825]
natunokaze001様:
ニミッツ太平洋米艦隊長官の企画に対してマッカサーは二つの決断を
司令しました。親父依頼の投資をしてきた、命からがら脱出したとき、
「I shall return]と豪語した関係上、どうしても比島に帰らぬとならない
彼の私半分の野心でありました。レイテ島に上陸を敢行するに一切の
日本空軍機の抵抗を排除する為に機動部隊を台湾全域の空軍破壊をやった
のです。そこで発見したのは、想定外で台湾、沖縄周辺からの空軍の反撃
が無い事実でありました。長距離飛行が出来る例のB−29をサイパンやグアム、中国
から飛ばし空母から艦載爆撃機、戦闘機などで台湾の陸、海軍航空隊の連続
空襲で台湾航空部隊は
機能を失いました。台湾沖航空戦に出た航空部隊はほとんど、九州の鹿野、
知覧、大分などから飛来した陸、海航空部隊でありました。このあとから
特攻作戦が施行されたのです。マカーサーは東京から離れた台湾はこのまま放置
して、より心臓に近い沖縄を打つべしと命令したのです。心理的効果と間もなく
やろうとする本土上陸作戦には沖縄からだと距離的にやりやすいと判断した
のです。コロネーシオン作戦という本土決戦でありました。要はマッカーサー
の鶴の一声で台湾進攻作戦から沖縄進攻にかわりました。65年目の8月15日
がきますね。
これは メッセージ 18 (natunokaze001 さん)への返信です.
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