終戦後の食糧事情は一冊の本になります。
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2004/09/07 13:27 投稿番号: [1554 / 5305]
taiwanboom様:たくさん食糧事情の話をかけますが若いひとにはどうかと思いまして書きませんが。デモこんな時代がなぜ日本にあったのかと疑問を抱いてくれればその意義がありますね。
デモ豪勢な食べ方ですよ。まずバターがありませんでした。次に油がありませんでした。魚だけ新鮮で毎日捕獲に行きました。和歌山県の南部那智勝浦は前が全部海岸でありましたので。カボチャの葉っぱは初耳ですね。デモ同類の野草はたべますからね。
旧制中学では校庭の水ばかりのんでいましたが。昼弁当がないし、ありましても朝の内に誰かが盗んでくれました。汽車がトンネルをすぎると必ず誰かの弁当が消えていました。それであまり他人をとがめませんでした。不思議ですがお互い助け合いの時代でしたね。
魚の国より来たたものですから、どうも台湾南部で淡水魚も海魚も少ないのが不平の種でした。特に父は豚肉より新鮮な魚類を好みました。これが夕食にないと不機嫌でした。
最も、空襲たけなわの折は魚取りどころでなかったのでしょう。上を向いて魚は捕獲できないよと台湾人の漁師が言いますのを聞いた事があります。鳳山ー九曲堂の淡水上にはB-29が悠々と飛んでいた時代ですから。
これは メッセージ 1553 (taiwanboom さん)への返信です.
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