桃園神社
投稿者: taiwanboom 投稿日時: 2004/07/21 13:31 投稿番号: [1329 / 5305]
summer1126jp
様
桃園神社は、鳥居がちょっと加工されただけで、ほとんど日本時代の神社が残っています。
私は1998年に2回行きました。
初めて行ったときは中正国際空港から桃園駅へ行く途中立ち寄ったのですが、そのあまりにも「日本」が健在だったのに感激して、2回目は桃園に一泊してお参りしました。
この神社はいまでは「桃園忠烈祠」となっていますが、日本時代には、県社「桃園神社」で、50段ほどの石段を登った小高いところに、山の懐に抱かれたようにしてあります。
最初に訪ねたとき、私が空港から乗った車の運転手とガイドがその場所を知らないので、町の人にきいてたのですが、これまた「知らない」というのです。
どうやら、忠烈祠は国民党政府が大陸で戦った戦没者を中心に祭っているので、台湾人にとっては「あまり関係がない」ということのようでした。
結局私が地図をもとに運転手を誘導してたどり着きました。
石段を登って驚きました。
目の前に日本の神社が、荘厳に出現したのです。
白いコンクリートの参道があり、燈篭が並び、その両側に玉垣まで緑の芝生が広がっています。
正面に鳥居が建っています。二本の横木のうち上の笠木がはずされていますが、鳥居の雰囲気は損なわれていません。
左に参拝の前に手を洗う「手水舎」があります。ただし水はありません。台湾では参拝前の手洗いのしきたりがないからでしょう。
右手には「社務所」があります。青銅製の「神馬」も健在です。
「拝殿」も「本殿」も昔のままです。ただしお参りのときに振る鈴はありません。これも参拝の習慣の違いでしょう。
本殿は扉を開いています。
日本の神社は、御神体を奉納している本殿は、平常は扉を閉じています。これが神社の神秘性を高めているのですが、ここは扉が開いているので神秘性はなくなっています。
本殿の中にはどこにでもあるような武者の像があります。これも神秘性を損なっています。
神社の建物はすべて日本本来の「白木造り」です。
台湾には日本の神社の遺跡は少なくありませんが、ほとんどがあの中華文化独特のけばけばしい原色に塗られています。
桃園神社のようにほとんどの建物が残っているうえに「白木造り」のままという例は皆無ではないでしょうか。
とにかく、日本の神社がそっくりそのまま残っていると言ってよいでしょう。
緑の山を背景にたたずむ「桃園神社」は、周囲の雑音から完全に遮断され、静寂で神々しいほどです。これが台湾のなかとは思えません。
国民党政府が台湾に渡ってきて、かつての「日本」を一掃するため神社をすべて破壊したとされています。
そのなかでこの神社だけがなぜ、かくも完全に残ったのか、不思議なことです。
ここまでの経過は、決して平穏なものではなかったのではないかと想像します。
20数年にわたって台湾における日本の神社を研究している、台北の東呉大学の高橋正巳教授に電話でお尋ねしたところ「なぜなのかよく分からない」ということでした。高橋教授によると、こんな例は他にもあるそうです。
その後調べてみたら、桃園神社も終戦後に原色に塗り上げられたことがあるそうですが、土地の人の間から「やはり昔のママがよいのでは」との意見が出て、塗料を洗い落として元の「白木造り」にしたそうです。
政府の取締りを切り抜ける苦労はかなりのものだったようです。
とにかく、いまの「桃園神社」は日本の地方の小さい神社よりもその雰囲気は静寂、荘厳で、すばらしいものです。
お参りすると心が洗われます。
桃園神社は、鳥居がちょっと加工されただけで、ほとんど日本時代の神社が残っています。
私は1998年に2回行きました。
初めて行ったときは中正国際空港から桃園駅へ行く途中立ち寄ったのですが、そのあまりにも「日本」が健在だったのに感激して、2回目は桃園に一泊してお参りしました。
この神社はいまでは「桃園忠烈祠」となっていますが、日本時代には、県社「桃園神社」で、50段ほどの石段を登った小高いところに、山の懐に抱かれたようにしてあります。
最初に訪ねたとき、私が空港から乗った車の運転手とガイドがその場所を知らないので、町の人にきいてたのですが、これまた「知らない」というのです。
どうやら、忠烈祠は国民党政府が大陸で戦った戦没者を中心に祭っているので、台湾人にとっては「あまり関係がない」ということのようでした。
結局私が地図をもとに運転手を誘導してたどり着きました。
石段を登って驚きました。
目の前に日本の神社が、荘厳に出現したのです。
白いコンクリートの参道があり、燈篭が並び、その両側に玉垣まで緑の芝生が広がっています。
正面に鳥居が建っています。二本の横木のうち上の笠木がはずされていますが、鳥居の雰囲気は損なわれていません。
左に参拝の前に手を洗う「手水舎」があります。ただし水はありません。台湾では参拝前の手洗いのしきたりがないからでしょう。
右手には「社務所」があります。青銅製の「神馬」も健在です。
「拝殿」も「本殿」も昔のままです。ただしお参りのときに振る鈴はありません。これも参拝の習慣の違いでしょう。
本殿は扉を開いています。
日本の神社は、御神体を奉納している本殿は、平常は扉を閉じています。これが神社の神秘性を高めているのですが、ここは扉が開いているので神秘性はなくなっています。
本殿の中にはどこにでもあるような武者の像があります。これも神秘性を損なっています。
神社の建物はすべて日本本来の「白木造り」です。
台湾には日本の神社の遺跡は少なくありませんが、ほとんどがあの中華文化独特のけばけばしい原色に塗られています。
桃園神社のようにほとんどの建物が残っているうえに「白木造り」のままという例は皆無ではないでしょうか。
とにかく、日本の神社がそっくりそのまま残っていると言ってよいでしょう。
緑の山を背景にたたずむ「桃園神社」は、周囲の雑音から完全に遮断され、静寂で神々しいほどです。これが台湾のなかとは思えません。
国民党政府が台湾に渡ってきて、かつての「日本」を一掃するため神社をすべて破壊したとされています。
そのなかでこの神社だけがなぜ、かくも完全に残ったのか、不思議なことです。
ここまでの経過は、決して平穏なものではなかったのではないかと想像します。
20数年にわたって台湾における日本の神社を研究している、台北の東呉大学の高橋正巳教授に電話でお尋ねしたところ「なぜなのかよく分からない」ということでした。高橋教授によると、こんな例は他にもあるそうです。
その後調べてみたら、桃園神社も終戦後に原色に塗り上げられたことがあるそうですが、土地の人の間から「やはり昔のママがよいのでは」との意見が出て、塗料を洗い落として元の「白木造り」にしたそうです。
政府の取締りを切り抜ける苦労はかなりのものだったようです。
とにかく、いまの「桃園神社」は日本の地方の小さい神社よりもその雰囲気は静寂、荘厳で、すばらしいものです。
お参りすると心が洗われます。
これは メッセージ 1327 (summer_1126jp さん)への返信です.
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