桃園忠烈詞は日本神社
投稿者: suzuteri2515 投稿日時: 2004/07/21 12:02 投稿番号: [1328 / 5305]
summer 1126jp様:
一度参りました。正面からの様式は昔そのままの神社でした。今ごろは日本人も神社へ定期的にまいりません。でも私の時代は一週間末に一度の参拝でした。
鳥居、周囲の木製の塀、主門、清水池、拝殿、お賽銭箱、灯篭、社務所などそのままのこっています。恐らく玉山からの檜などが使用さているのでしょう。
年配の台湾人にはなしができたので、あまりこんなにのこっていつのは気分的に面白くないでしょうと聞くと、彼曰く、今は信仰対象ではないが、当時と同じ、此処へ来るとまんざらでもない気持ちになりますし、広くてしずかですから生活上必要な場所になっていますとのことでした。
我々は神社にいかないので変な気持ちですが毎日運動の場所として憩いの元神社は市民の生活に直結している存在だそうです。
日本神社、台湾人のために生きています。
これは メッセージ 1327 (summer_1126jp さん)への返信です.
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