Re: 彭明敏氏の政治手腕は不明
投稿者: natunokaze001 投稿日時: 2009/04/26 23:46 投稿番号: [45 / 1869]
「ホウメイビン」の漢字の入れ方を教えてくださり、ありがとうございます。なんだか難しいようですが、ゆっくりやってみます。
膨氏の歳では、もちろん、もう力の出しようが無いところまで来てしまったのだが、李登輝氏との接戦のときは、お互い歳も近く、見事な相手に出くわしたも同様な時でした。
もちろんそのときは、民進党も国民党に対抗できるまでに、育していなかったのも、論争の余地がなかったでしょう。
「時不予我」「回天訣術」「非戦之罪」。これは膨氏の運命といえよう。
陳水辺は台北市長にして、各区役所のカウンターを低くして、区民と役員の
目線を同一にしたのを、私は賛票を入れる。そして,勤務中の新聞読み、女職員の勤務時間の野菜をそろえる風習を禁止したことなど、早退して晩御飯の仕立てなどを厳禁したこと、、、
これによって役場の空気が一転したのは、いうまでも無いが、、、
羅文嘉の手助けで、公車、道路の真ん中を行く、これは台北市の交通状況を
てっきり改善したのは、無可争論のことである。
が、市長に適する人、必ずしも総統にてきすることは無いので有る。
市長任内にできるいくつかのチャンスをいつしてしまったことに、ただただ胸を痛めるだけです。
中正祈念堂の改名は市長任内にできるはずでした。それを12年も延ばして、結局は今、元ドウリに戻って、、、
李登輝氏が台湾かって、始めての民選総統に当選した、その機を利用して、
全市で提灯行列を敢行して、全世界に台湾人の志を示して見せるのができたはずでした。台北市でその日を台湾独立の日とすることもできたでしょう。
総統に受任した当時から、いくつかの大仕事ができると。私は思うので有る。蒋介石の屍を金門に移すこと、表は大陸に近く、故郷に帰るその念を
満たしてあげているという名目で、、、
蒋経国のは、馬祖へ移転。金門と馬祖の民意をそそのかして、それを完成させる。
栄民の家を、計画的に、金門、馬祖に転居させる、〔投票部隊の集中管理で有る〕選挙を有利に導くために、、、
これらは国際に関係がないので、中共の目障りにならない、、、
新築の工事は国民党の立法委員にまかせて、利益交換とする。
もう今では、後の祭りだ。私の見方では、政権は二度と帰らないでしょう。
これは メッセージ 44 (unhoo さん)への返信です.
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