紫陽花亭日乗

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Re: 馬鹿のお話あれやこれ

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/08/16 23:21 投稿番号: [329 / 735]
■「馬鹿」という言葉の由来について

『史記』「秦始皇帝本紀第六」。瀧川資言『史記會注考證』より

八月己亥、趙高欲爲亂、恐羣臣不聽、乃先設驗、持鹿獻於二世曰馬也。
二世笑曰。丞相誤邪。謂鹿爲馬。問左右。左右或黙。或言馬、以阿順趙高。
或言鹿者。高因陰中諸言鹿者以法。後羣臣皆畏高。

〔訓読〕
八月己亥(きがい)、趙高、亂を爲さんと欲し、羣臣の聽かざるを恐れ、
乃ち先ず驗を設るに、鹿を持して二世に獻じて曰く「馬なり」と。

二世、笑いて曰う。丞相、誤まれるか。鹿を謂て馬と爲す。
左右に問う。左右   或は黙す。或は馬と言い、阿を以て趙高に順う。
或は鹿と言う。
高、因りて陰(ひそか)に諸々の鹿と言いし者に、中(あ)つるに法を以てす。
後に羣臣、皆高を畏る。

〔解釈〕
八月己亥(きがい)の日。趙高は謀反を起こそうと思ったが、家来たちが
聽きいれないのではないかと心配して、まず一計を案じた。

鹿を持ってきて二世皇帝に獻上して「馬でございます」と言った。
二世皇帝は笑って「丞相、間違いであろう。鹿をさして馬としておるぞ」
と言って左右にいた家臣たちに尋ねた。

左右の者たちは、或る者は沈黙した。
或る者は馬だと言って趙高に阿り順った。
また或る者は鹿だと言った。

趙高はひそかに、このときに鹿と言った者たちに処罰を加えた。
その後は、羣臣は皆、趙高を畏れるようになったのである。

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★上記はよく知られている話ですが、これは「馬鹿」の語源ではありません。
「ばか」という言葉に、このエピソードから「馬鹿」という
漢字二文字を持って来てあてたのではないかと思われます。

★URL 省略。「語源」で検索。★

■馬鹿
馬鹿とは、愚かなこと(人)。知能の働きがにぶいこと(人)。莫迦

馬鹿の語源・由来
馬鹿は、サンスクリット語で「無知」や「迷妄」を意味する「baka」「moha」
の音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたとされる。

日本では、鎌倉時代末期頃から「ばか」の用例があり、室町中期の
「文明本説用集」には、馬鹿の異表記として「母娘」「馬娘」「破家」をあげ、
「とんでもない」の意味で「狼藉之義也」と説明している。

以上のことから、「ばか」を「馬鹿」と書くのは、当て字と考えられる。

馬鹿の語源の俗説として、
「鹿をさして馬となす」(「史記(秦始皇本紀)」の故事から)がある。

これは、秦の趙高が二世皇帝に、鹿を「馬である」と言って献じた。
群臣は趙高の権勢を恐れ、「これは馬です」と答えたが、
「鹿です」と答えた者は暗殺された。

このことより、自分の権勢をよいことに矛盾したことを押し通す意味として
使われているといったものだが、「鹿」を「か」と読むのは大和言葉で、
漢文では「ばろく」と読む。
そのため、この故事が「馬鹿」の語源であるとは考え難く、
「馬鹿」の字が当てられた由来として考慮するにとどまる。

つづく
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