紫陽花亭日乗

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Re: 「朝三暮四」と「朝令暮改」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/07/27 19:55 投稿番号: [199 / 735]
朝三暮四・・・内容を改めないでことばだけでごまかすこと。

〔原文〕
勞神明爲一、而不知其同也、謂之朝三、何謂朝三、曰狙公賦●曰朝三而莫四、
衆狙皆怒、曰然則朝四而莫三、衆狙皆悦、名實未虧而喜怒爲用、亦因是也、
是以聖人和之以是非、而休乎天鈞、是之謂兩行、

●・・・クサカンムリ   +   「予」    ショ    チョ   とち    どんぐり

〔訓読〕
神明を勞して一を爲しながら、其の同じきを知らず、これを朝三と謂う。
何をか朝三と謂う、曰わく、
狙公(ソコウ)、●(とち)を賦(わか)ちて朝に三にして莫(くれ)に四つにせんと曰うに、
衆狙みな怒れり。
然らば則ち朝に四にして莫(くれ)に三にせんと曰うに、衆狙みな悦べり。
名實未だ虧(か)けずして喜怒用を爲す。亦た是れに因(よ)らんのみ。
是(ここ)を以て聖人これを和するに是非を以てして、天鈞(テンキン)に休(いこ)う。
是れを兩行と謂う。

〔解釈〕
あれこれと精神をつかれさせて同じことをくりかえしながら、
それが同じだということを知らないでいる。それを朝三とよぶ。

朝三とはどういうことかというと、こうである。

猿飼いの親方が●(とち)の実を分け与えるのに、
「朝三つにして夕方四つにしよう、」といったところ、猿どもはみな怒った。
「それでは朝四つにして夕方三つにしょう、」といったところ、
猿どもはみな悦んだという。

表現も実質も変わりはないのに、それでいて喜びや怒りの感情が働くことになった。
(とらわれているからである。)
ただひたすらに自然に身をまかせていくばかりだ。

そこで聖人は善し悪しの分別知を調和させて、自然の平衡(バランス)
(つまり万物斉同の道理)に休息する。
そうした境地を兩行
(――すなわち対立したもののいずれもがスムーズに流れる立場)
というのだ。

★金谷治訳注『荘子』第一冊(内篇), ワイド版岩波文庫, (斉物論篇)

★実際には少しの損得もないのに、おこったり喜んだりしている。
このバカらしさに気がついたら、是非の念を超越した大是の立場に立つがよい、
といっています。

★『列子』には、同じ寓話がもう少し詳細な表現で記述されています。

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◆朝令暮改
「朝三暮四」に続き、「朝令暮改」もやろうかと思ったのですが、
『漢書』を見てみましたら、ざっと見て原文で360字くらいあったので、
今なにかと忙しくて、入力する時間のことを考えてやめることにしました。

かわりに以下をご覧ください。

http://www23.tok2.com/home/rainy/seigo-choreibokai.htm



◆「朝三暮四」について、
ま、へりくつを云えば、必ずしもお猿さんをバカにできません。

「明日ありと思う心のあだざくら夜半に嵐の吹かぬものかは」といいます。

誰にとっても一寸先のことはわかりませんから、合計すれば同じでも、
先に多くもらっておいたほうが確実かもしれません。


「明日の百より今日の五十」ともいいます。

中国語でいうと、
「天上仙鶴不如手中麻雀」「十鳥在樹, 不如一鳥在手」とか。

「不如」は「シカズ」と読んでください。
「百聞不如一見」のシカズと同じです。

「麻雀」は「スズメ」で、マージャンではありません。

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