Re: 日曜雑感
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2012/12/16 15:46 投稿番号: [2985 / 3149]
比国人の出稼ぎの一団と暫くの交際があったことは前にも書いた。真面目な男も、いい加減な小ずるいヤツもいたが、かれらとの付き合いでフィリピンも相当な反日教育をしているのが知れた。「マニラはOPEN CITYの宣言をしていたのに爆撃された」、「バターンの行進でおおぜいのフイリピン投降兵が殺された」、「日本兵が赤ん坊を放り投げて銃剣で刺した」等々である。赤ん坊の放り投げという話は中国との戦争でもよく出てくるのだが、絶対になかったとも言い切れないのが戦争というものだろう。かれらの国が日本軍国主義の甚大な被害を受けた事実は消し去ることが出来ず、戦後暫くは比国には猛烈な反日感情があって日本人が寄りつけなかったのは本当である。史上最大の海戦と記録されている1944年の「レイテ沖海戦」、戦艦武蔵もシブヤン海で沈んだが、ここに百隻を越す日本の艦船が沈み、まさに連合艦隊の墓場なのだが、おそらくは何百、あるいは何千もの生存の水兵が近くの島嶼にたどり着いたものの、無惨にもことごとく現地人に殺害されている事実がある。その理由はここに書く必要もないが、「何百万ものフィリピン人が殺された」という彼らに、「50万の日本兵もYOUR COUNTRYで死んだ」とわたしが言ったとき、かれらは顔を見合わせ、「50万?、5万?」と聞き返してきたのは無理もない。なにしろ、日本人の多くが、とくに当時の日本兵と同年代の若者たちがその数字を知らないし、知ろうともしないのである。
これは メッセージ 2983 (tok*o*cach*to3 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835412/a5sa5ca5afa5jbfoqa1aaa1a9_1/2985.html