橋の名前
投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2011/07/01 12:32 投稿番号: [2435 / 3149]
You tubeに台湾総督府、同じく台湾憲兵隊の検閲済みを掲げた「南進台湾」というフィルムがあった。おそらく、昭和10年代前半の制作で宣伝臭の強い国策映画だが、時代が時代だから如何ともしがたい。そうだとしても日拠時代の台湾の「記録映画」とは貴重なものだろう。和服の日本婦人と旗袍の小姐が行き交う亭仔脚も台湾ならではの光景だが、すでに日華事変も始まっていただろうこの時代に、シナ服の旗袍を着ていてもお咎めがなかったのだろうか。たぶん、あの異様な「皇民化政策」までまだ間があったのだろう。台中の場面では、お馴染みの台中駅、台中公園などが冒頭に出てきて、今も「市政府」として現存する西洋建築の建物正面玄関からヒゲの台中州知事が偉そうにお出ましなのも今となってはご愛嬌である。緑川に架かる橋が映っていて、台中公園にもいた旗袍の二人連れが出てきたが、出演依頼のモデルに違いない。緑川だから大きな橋ではないがもちろん石造りの堂々としたもので、手摺というのか、欄干というのか、鋳物の欄間のような装飾がいくつも嵌め込んであるからまずは余裕である。この橋はどこなのか、グーグルアースのStreet viewで探そうと思った。11時で東証の前場が終わったから時間はある。よく見ると遠くに台中駅らしき建物が見えるから場所はすぐにわかった。橋の欄干に「中山煉?橋」とあるが、これは光復後の命名だとすぐにわかる。もはや当時の橋の名前など知る人もいまい。台中駅からこの橋をわたって真っ直ぐにいけば、あの「州政府」の建物である。ところで、この映写の解説者はすでに故人だが、戦後の寄席の漫談家、牧周一だと判ったときは大いに驚いた。。
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