ビックリ台湾!?

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開戦

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/12/08 18:29 投稿番号: [2339 / 3149]
  今日は60数年前の真珠湾攻撃の日。後日、この日が「大詔奉戴日」と制定された。「今日、八日はタイショウホウタイビですね」なんて言っても、若い人はおろか、相当の年配者でも何のことかわからないだろう。ついでに、毎月、一日は「興亜奉公日」だというが詳しいことは勉強不足でよくわからない。
むかし、雑誌【丸】で読んだ、真珠湾攻撃の回顧談を覚えているが、日本の飛行隊がなぜ貯油タンク群を攻撃しなかったかというかねてからの謎に回答を与えていた。第一次攻撃では貯油タンクの攻撃が禁止されていて、それは、爆撃された重油タンクの黒煙が真珠湾を覆うのを嫌ったからである。なんと言っても湾内の大艦隊を殲滅することが最大の目標だった。第二次攻撃時には湾内の様子を見て、一部の攻撃隊が貯油タンクを爆撃するか、本隊と共に残存の艦隊を攻撃するかを選択する手筈になっていた。
指揮機は湾の状況と風向きから貯油タンク攻撃を決断、後続機に予(かね)てより決めてあった信号弾をあげた。それが一発なら貯油タンク攻撃、二発なら真珠湾内の残存艦攻撃である。
信号弾が一発あがった。後続機は編隊を解いてタンク群に急降下するはずだが、まったく動かない。指揮機は「これは信号弾を見落としたか」と判断して、あらためてもう一発打った。これを見た爆撃隊は一斉に真珠湾に向かってしまった。
なんともお粗末な話である。もし、タンク群を炎上破壊していれば、半年後のミッドウェーで米空母の出動もなかっただろうとされている。
つまり、後続機が第一発を見たあと、次に第二発があがるかどうか、固唾をのんで見守っていたのである。それが、10秒後なのか、20秒後なのかなんの約束も指示もなければ、動きようもない。「見落としたか」と早トチリしたのも迂闊だが、それなら、機の右側なら真珠湾、左側ならタンクと決めておけばなんのことはなかったし、信号弾の色で決めておいても間違いは起こらなかったはずだ。このあたりに、当時の日本海軍の杜撰さ、思慮のなさの一端が窺える。小さなミスや不注意があとで取り返しのつかない大災難を呼び起こす。
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