ビックリ台湾!?

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幻の皇民化教育

投稿者: unhoo 投稿日時: 2009/01/07 21:39 投稿番号: [1760 / 3149]
小林躋造総督(任期:昭和11年9月2日〜15年11月27日)は皇民化教育を強行したと言われ、彼自身も皇民化教育を大いにやったつもりでいた。今でも日本人も台湾人も、小林総督は皇民化教育というワルイことをやったと言っている。

そこで皇民化教育の内容はと調べてみると、明治以来日本の政府が日本国民に対して行った教育と同じだとしか思えない。日本政府が日本国民に対して行った教育は、すべて皇民化教育であった。日本政府には皇民化教育でない教育哲学はなかった。皇民化教育でない教育を行う人材もなかった。ただ日本国内では皇民化教育という言葉が発生しなかっただけだ。

小林総督は台湾でこれまでよりももっと日本国内の教育に近い教育を行っただけなのに、自分では特別な教育をやったのだと思い込んで、皇民化教育という言葉を発明して得意になっていた。やがて小林は皇民化教育をやりすぎて島民の反感を買っているという声が内地の政界に起こり、総督が長谷川清という海軍大将に変えられた。ちなみに、小林総督も海軍大将であった。

後を受けた長谷川総督の教育政策は、皇民化という言葉をあまり出さないことにしただけだけなのだが、本島人は今度の総督のほうがいいと言い出した。

小林総督は、「皇民化教育」をやったために、一度暗殺の危機に遭遇した。そのいきさつはこうだ。昭和17年の三月のある晩、旧制中学を卒業したばかりの本島人友人がわしを尋ねてきて「俺は学力不足で、台湾の上級学校に受かる自信がないから、内地の受かりやすい学校へ申し込んだ。君とはこれでお別れだ。また会うのは何年先かわからない。お元気で・・・」。ところが一時間後に彼は真夜中の拙宅の門を叩いた。非常に慌てた様子で、馬のように口から泡を吹いていた。「君と別れてから、先輩の台北高校3年の黄さんに別れの挨拶に行ったんだ。そしたら黄さんが言うには、お前内地へ行ったら小林躋造を暗殺せいと言うのだ。あいつは歴代の総督のうちでいちばん酷いことをしたんだ。俺たちの仲間はずっと前からあいつを暗殺しようとしていたが、台湾では警戒が厳しく隙がなかった。内地なら警戒がないから、君たちに任せる。しっかりやれよ・・・と言われた。内地行きの船は明日の午前基隆出帆だから、さよなら」と後も見ずに立ち去った。

黄さんから重大使命を負わされたわが友は、日本の受かりやすい学校にも受からず、東京で一年浪人することになった。東京の冬が来て、彼は馴れぬ寒さのため、肝炎でで他界した。

戦後三、四十年もたった。わしは黄さんとは親しくなかったが、学生時代は顔見知りであった。ある席で黄さんに会った。機会を捉えて「戦争中東京で亡くなった友人は、日本へ行く前に、あなたから小林総督暗殺を命ぜられたと言いましたよ」と言った。黄さんはぺしゃんこになって、人差し指で自分の頭をさして、くるくる回した。これは台湾では自分の阿呆を認めた時のしぐさである。小林総督も黄さんも今は亡い。だからわしだけしか知らないこの秘話を公開するのである。
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