紅顔
投稿者: unhoo 投稿日時: 2008/12/31 00:29 投稿番号: [1734 / 3149]
日本語に「紅顔の美少年」という言葉があって、日本人は概してこの言葉が好きのようだ。男の子の頬が赤くなるのは日本人の特徴で、日本人以外のアジア人にはない。白人の男の子はどうだかわしは知らぬ。
ところが、日本人でも台湾生まれの男の子は赤くならない。わしの見た限りでは、赤くなる条件は、第一に人種が日本人であること、第二に日本国内で生まれ育って、毎年日本の冬の寒さに遭うこと、この二つの条件で頬が赤くなり、小学を卒業するまで赤さが消えない。
わしの小学校は台湾高雄市第一小学校で、生徒は95%が内地人(日本人)だったが、台湾生まれが多かったから、日に焼けたガキばかりで、紅顔の美少年はなかった。そこへ3年生のとき、内地から頬のうんと赤い子が転校してきた。たちまち「りんご」というあだ名がついた。りんご君は学業は中程度、スポーツも中程度、性格はおとなしかった。目鼻立ちは普通程度だった。つまり頬が赤いことのほかは、平凡だった。
冒頭で述べたように、日本では「紅顔」の後に「の美少年」が続く。しかし支那には紅顔の美少年がないから、支那の詩で「紅顔」とは美女のことである。わしは美女を紅顔と書いた詩をたった一つだけ知っている。次のとおり。
明末の武将呉三桂は山海関で、清軍の侵入を防ぎ、勇戦していた。その間に都では呉三桂の愛人陳圓圓という女優を、明朝の皇帝が横取りした(皇帝でなく明朝の高官だったかな?)それを知った呉三桂は怒って清軍に投降し、清軍の先陣に立って、明国を滅ぼした。明国の詩人が呉三桂の裏切りを怒って、『圓圓曲』という長い詩を書いた。その詩の中の一句「衝天一怒為紅顔」(たかが美人のことで、怒髪天を衝き・・・)そして国を裏切った。この一句は支那ではよく知られているが、日本では知っている人は少ないようだ。
京劇の中のヒロインは顔を非常に赤く化粧して、紅顔という言葉に合うようにしている。
西洋歴史で読んだが、ルイ14世の宮女は燃えるように真っ赤に化粧していたそうだ(ルイ16世だったかも知れない)。
これは メッセージ 1732 (heitotakaohonor さん)への返信です.
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