李朝朝鮮

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朝鮮人の商売

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/07/01 00:53 投稿番号: [933 / 1329]
上げを兼てのムダ話です。

1637年1月、朝鮮は清の属国となりました(丙子胡乱)。その戦役時に清は多くの捕虜を得て首都瀋陽に連れ帰ったのですが、朝鮮は何度となく、多額の身代金を払うことで捕虜を返還してもらおうとします。
そんな動きが行なわれていた時期の話です。仁祖実録から。

仁祖16年(1638)1月16日条より引用
景蘅曰聞前後使行之入瀋也、従往之人、称以贖還、而実皆商賈之輩、回来之際、多有売其馬於彼人者云、極可痛也。上曰厳禁之可也。

瀋陽へ使者として行く申景蘅が出発前に仁祖に言いました。
「聞くところでは、瀋陽に使者が行くさい、身代金を持って捕虜の返還に行くと称してついてゆく者は、じつは商人であり、帰ってくるときに返還された捕虜に馬を売りつける者が多いそうです。痛ましいことです」
んで、仁祖は禁止しろと。
返還され帰国の途上にある捕虜に馬を売るんですか。需要を見込んでのみごとな商売ですねぇ。

もう一つ、仁祖実録から。

仁祖18年(1640)8月12日より引用
憲府啓曰両湖沿海列邑貢物作米、始俑於昏朝政乱之時、而経費不足、因循苟存、為今民■(病だれに莫)久矣。当初作米、挙其概而言之。一束紙定価三匹、一張弓定価六匹、而毎匹折米十斗、他物皆然。自古賦役之重、未有如此之甚者。況今凶歉、沿海最酷、尤宜変通。請令廟堂、商量処置。答曰令廟堂議処。備局戸曹皆言可罷、命只減斗数。又啓曰自古奉使出疆之臣、必択文武備才而与倶。今国綱解弛、廉恥都喪、前後使臣往来瀋中者、多率市井牟利之徒、貽辱国家、非止一再、可勝痛哉。自今使行軍官、必以武臣正職者、極択帯行、如有違犯、則使臣及隨往者、竝置重律。上従之。

使者が瀋陽へ行くとき、市井の利を求める者つまり商売人を連れていっていると。名分に拘らず「実利」を求める立派な姿勢ですねぇ。
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