Re: 清史稿に見える朝鮮
投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/22 22:51 投稿番号: [503 / 1329]
>なんか、『神功紀』の新羅王の降伏の場面にそっくりですね。
そう言えば似ていますね。敗者が罪人の格好で勝者の前にひざまづくのは中華パターンですね。
朝鮮の仁祖実録では、降伏が決定したさい、朝鮮王はどういう姿で三田渡に行けばいいかという指示を受ける場面がありました。
そこでは、縛り上げられて、棺桶あるいはまさかりを背負うというお決まりの作法は免除されたと書いてあります。
・・・・・・・
仁祖十五年(1637)一月二十八日戊辰
龍胡曰:“三田浦已築受降壇。皇帝自京出來,明日可行此禮。面縛、輿[木親]等許多節目,今盡除之矣。”瑞鳳曰:“國王着龍袍,當以此服出來乎?”龍胡曰:“龍袍不可着也。”瑞鳳曰:“當自南門出來乎?”龍胡曰:“有罪之人,不可由正門出也。”
(訳)
龍骨大(英俄爾岱)は、
「三田渡に降伏を受ける壇を築いてある。太祖ホンタイジが瀋陽を出発され明日この儀式に着くようになっている。朝鮮王は後ろ手に縛り棺桶を担ぐといった多くの降伏の作法を除外する」といった。
瑞鳳(朝鮮の大臣)は、
「国王は龍袍を着ているが、着たまま行くべきか」
というと、龍骨大は
「ダメ」
といった。
瑞鳳は、
「南門から出るべきか」
というと、龍骨大は
「罪人やし、正門使ったらアカンやろ」
といった。
これは メッセージ 502 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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