李朝朝鮮

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Re: 朝鮮時代の衣食住>昼飯

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/09/13 18:31 投稿番号: [338 / 1329]
>昼飯を食うと言うのは日帝が持ち込んだ習慣でしたか。

そうなんでしょうね。
労働と摂取カロリーの関係で見ると、
朝鮮の農民は午前中だけ働いて、午後からは酒を飲んでゴロゴロするのが日課。
しかも、冬場の農閑期にはまったく働かず、秋の収穫を食い尽くし、春先から食料に困る有様。
さらに、女性が田に出て働く習慣がない。
当時の李朝末の写真を見ても、何かを作り出すような労働はしていないようですしね。

それに比較すると、併合後は近代国家の市民として昼間フルタイムで働き、昼飯が必要になるのでしょうね。
それと、日帝のお陰で米が2倍に増産して、昼飯の余裕が出来たということも言えるでしょうか。

ちなみに、日本では、江戸時代に一日3食が定着したようです。

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〜3食の始まり〜
古代から、食事はふつう朝夕2回でしたが、農民や武士(ぶし)はきびしい労働(ろうどう)や武芸(ぶげい)の訓練(くんれん)ではらがへるので、ひつようにおうじて間食をとりました。戦(いくさ)になると、武士たちは1日2食ではカロリーをおぎなえず、 3食をとることがふつうになっていきます。
また、鎌倉時代から、禅宗(ぜんしゅう)の僧(そう)たちは2度の食事のあいだに修行中のつかれをとるため、うどんやそうめん、ようかん(むしようかん)などを食べていました。この軽い食事は「点心(てんじん)」とよばれました。
室町時代になると、武士や禅僧(ぜんそう)、農民たちの間食の習慣(しゅうかん)が貴族や商工業者などの町人たちにもひろがりました。やがて、江戸時代には、昼食をとることがふつうになって3食が習慣となり、現在にいたっています。
http://www.shikakunavi.net/kids/gika/data/shokumotu1.html
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