明治開化期の日本と朝鮮(20)より
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/12/03 23:01 投稿番号: [1303 / 1329]
改めて読むと、最後の文・・・に関心してしまいます。
心に関しては、今の日本人より、明治の日本人が優れているような。
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi056.html>当時の日本人の、この過剰ともいえる同情心、義憤。つまりは義侠心というべきものの前には、元々国境もない、民族もない、一視同仁として接っせんとする。まあ外国人からすれば誤解の多いものであろうが。まして中華圏の人間からしてみれば。
かつて明治24年(1891)10月、岐阜県美濃地方にマグニチュード8.0という烈震が襲い、大震災となったことがあった。死者は7千人を越え、全壊、焼失家屋は14万戸以上を数えたという。この時各地の新聞社は競って震災情報を全国に発信し、ために国を挙げてその不幸を憐れみ、人的支援や金銭や物資を義捐する者数えを知らず、一時は日本の人心はこの一事に傾いたと思えるほどであったという。
それを見た金玉均は、
「日本人の(義捐の)騒ぎもなんと甚だしいものか。罪無く命を失い、ゆえなく財物をなくするのは、人間の不幸には違いないが、ただ一時の事である。我が朝鮮国民の如きは憐れむべし。年中この震災同様の不幸に遭いつつあるなり。ゆえに日本人の心を以って見るなら、常にこのような騒ぎをせねばならないだろう。」
と言って唖然としていたという。(松本正純著「金玉均詳伝」p138)
当時の朝鮮人には理解できないことであったらしい。
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
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