キーセン
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/11/10 21:47 投稿番号: [1276 / 1329]
李朝って、日本の江戸時代と比べるより、日本の平安時代〜室町あたりで比較した方が親近感が沸くな〜とw
医女チャングムで、妓生(きしょう、キーセン)をわざわざ「芸者」と日本語読みで言ってくれてましたが、
妓生にも階級はあるようですが、
高級な方の妓生が宮中まで入って、宴席の貴族に歌舞を提供したと白拍子と似たような存在かなと。
江戸時代になると、公家諸法度で幕府が宮中を風紀も含めて取り締まったり、ハーレムをきっちり組織化した大奥ができたり、民間の水商売女性を取り締まったりと、別の様相ができるので、李朝の妓生と比べられるとしたら白拍子かと思っています。
高校の頃、「大和物語」の大江の玉淵(大江音人男)がむすめの話しのようなことのように、
(白拍子の氏素性を知って、同席の貴族が涙を流した)
李朝の両班の娘でさえも没落すれば妓生になることがあったらしいので、
こんな話もあったのかなとも想像してしまいますが。
http://www.ikedakai.com/rekiyo/irosatoyogo5.html>朝廷には白拍子奉行人という役職があったことが最近の研究ではっきりしてきましたし、『吾妻鏡』によって、鎌倉幕府では、里見義成が「遊君別当」という役職に補任されていたことが知られています。おそらく「遊女別当」といわれる役職は王朝の側にもあったのではないかと、私は考えていますが、これまで知られているところでも、遊女は内教坊といわれる官庁に統括されており、江口方・神崎方などに分かれた遊女は番を定めて、宮廷の五節の舞などの行事に出仕をする体制ができているのです。
これは メッセージ 1275 (kohshien21c さん)への返信です.
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